さぬあの主様《ぬしさま》を、女殺しと誰言うた」とあるは、女の命を己れに打ち込みおわらしむてふ形容詞だが、今この殺婦は正銘の女殺しの大先生たるを怖れ、素女はもちろん寡婦さえ一人も取り合わぬ。相師の一言のおかげで、かかる美容を持ちながら盛りの花を空《むだ》に過さしむるを残念がって、請わるるままに父が妙光を殺婦に遣った心の中察するに余りあり。
 殺婦長者既に多くの妻を先立てし罪業を懼《おそ》れ、新妻を娶ると直《す》ぐさま所有《あらゆる》鎖鑰《じょうかぎ》を彼女に附《わた》し、わが家の旧法仏僧に帰依すれば、汝も随時僧に給事して、惰《おこた》るなかれというた。爾来僧を請ずるごとに、妙光が自手給事するその間、美僧あれば思い込んで記《おぼ》え置く。ある日長者外出するとて、わが不在中に僧来らば必ず善く接待せよと言って置き、途上数僧に逢うて、われは所用あって失敬するが、家に妻が居る故必ず食を受けたまえというたので、僧その家に入ると、妙光たちまち地金を露《あら》わし、僧の前にその姿態嬌媚の相を作《な》す。僧輩無事に食い了《おわ》って寺に還り、かかる所へ往かぬが好かろうと相戒めて、明日より一僧も来ない。長者
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