暑やや寒き地で、冬中|※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]《がく》は蟄伏する(フムボルト『回帰線内墨州紀行《トラヴェルス・ツー・エクエノクチカル・アメリカ》』英訳十九章)。シュワインフルトの『亜非利加の心臓《イム・ハーツュン・フォン・アフリカ》』十四章に、無雨季節には※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]いかな小溜水にも潜み居ると言い、パーキンスの『亜比西尼住記《ライフ・イン・アビッシニヤ》』二十三章に、※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]その住むべき水より、遠距離なる井の中に住んで毎度羊を啖《くら》いしが、最後に水汲みに来た少女を捉《と》り懸りて露《あら》われ殺された由見ゆ。支那書に見ゆる蟄竜や竜、井の中に見《あら》われた譚は、こんな事実を大層に伝えたなるべし。それからトザーの『土耳其高地の研究《レサーチス・イン・ゼ・ハイランズ・オヴ・ターキー》』巻二に、近世リチュアニア、セルビア、ギリシア等で、竜《ドラコン》は竜の実なく一種の巨人《おおびと》采薪《たきぎとり》狩猟《かり》を事とし、人肉を食うものとなり居るも、比隣《となり》のワラキア人はやはり翼と利《とき》爪《つめ》あり、焔と疫気を吐く動物としおる由を言い、件《くだん》の竜《ドラコン》てふ巨人に係る昔話を載す。ラザルスてふ靴工、蜜を嘗《な》めるところへ蠅集まるを一打ちに四十疋殺し、刀を作って一撃殺四十と銘し、武者修業に出で泉の側に睡る。その辺に棲める竜かの刀銘を読んで仰天し、ラ寤《さ》むるを俟《ま》ちて請いて兄弟分と為《な》る、竜|夥《なかま》の習い、毎日順番に一人ずつ、木を伐り水汲みに往く、やがてラが水汲みに当ると、竜の用うる桶一つが五十ガロン入り故、空《から》ながら持ち行くに困苦を極む、いわんや水を満たしては持ち帰るべき見込みなし、因って一計を案じ、泉の周囲を掘り廻る。余り時が立つので、見に来ると右の次第故何をするかと問う、ラ答うらく、毎日一桶ずつ運ぶのは面倒だからこの泉を全《まる》で持って帰ろうとするところだ、竜いわく、それを俟つ間に吾輩渇死となる、汝を煩わさずに吾輩ばかり毎日運ぶ事としよう。次にラが木伐《ききり》の当番となり、林中に往き、縄で所有《あらゆる》樹を絆《つな》ぎ居る、また見に来て問うに対《こた》えて、一本二本は厄介故、皆持って往こうと言うと、その間に竜輩凍死すべければ、以後汝を休ませ、吾輩毎日運ぶべしと言った。誠に厭《いや》なものを兄弟分にしたと迷惑の余り竜輩評議して、ラが睡るに乗じ斧で切り殺すに決した。ラこれを窃《ぬす》み聞き、その夜|木槐《きくれ》に自分の衣を著《き》せ臥内《ねや》に入れ、身を隠し居るとは知らぬ竜輩来て、木が屑になるまで※[#「石+欠」、第4水準2−82−33]《き》り砕いて去った。ラ還って木を捨てその跡へ臥す。鼾が高いので、竜輩怪しみ何事ぞと問うに、今夜痛く蚋《ぶと》に螫《さ》されたと対う。あんなに強《したた》か斧で※[#「石+欠」、第4水準2−82−33]ったのを蚋が螫したとは、到底手に竟《おえ》ぬ奴だ、何とかして立ち退《の》かそうと考え、翌旦《あくるあさ》ラに、汝も妻子をちと訪ねやるがよい、大金入りの袋一つ上げるからと言うと、汝らのうち一人その袋を担《かた》げて随《つ》いて来るなら往こうと言う。因って竜一人|従《とも》してラの宅に近づくと、暫く待っておれ、我は先入って子供が汝を食わぬよう縛り付けて来るとて宅に入り太縄で子供を括《くく》り、今竜が見え次第大声でその竜肉を啖《く》いたいと連呼《よびつづ》けよと耳語《ささや》いて出で、竜を呼び込むと右の通りで竜大いに周章《あわ》て、袋を落し逃れた。途上狐に会って子細を話すと、痴《たわ》けた事を言いなさんな、ラザルスごとき頓知奇《とんちき》の忰《せがれ》が何で怖かろう、われらなどはあの家に二羽ある鶏を、昨夜一羽平らげ、只今また一羽|頂戴《ちょうだい》に罷《まか》り出るところだ、嘘と想うなら随《つ》いて来なせえといって、竜を自分の尾に括り付けてラの宅に近づく、ラこれを見て狐に向い、われ汝に竜を残らず伴《つ》れて来いと言ったに、一つしか伴れて来ぬかと呼ばわる。竜さては狐と共謀して、吾輩《われら》を食うつもりと合点し、急ぎ奔《はし》ると、※[#「てへん+曳」、第4水準2−13−5]《ひ》きずられた狐は途上の石で微塵《みじん》に砕けた。ラは最早《もはや》竜来る患《うれい》なければ、安心してかの袋の中の金で巨屋を立て、余生を安楽に暮したそうだ。竜をかかる愚鈍なものとしたのは、主として上述の川に落ちて死ぬほど、身重く動作緩慢なりなどいう方面から起っただろう。
一二一一年頃ジャーヴェ筆『皇上消閑録《オチア・インペリアー
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