》ねある(一八七〇年版ロイド『瑞典小農生活《ビザント・ライフ・イン・スエデン》』九〇頁)。しかし母が妊娠中どうしたら南方先生ほどの大酒家を生むかは分らぬと見えて書いていない。一六七六年版タヴェルニエーの『波斯《ペルシア》紀行』には拝火《ゴウル》教徒兎と栗鼠《りす》は人同様その雌が毎月経水を生ずとて忌んで食わぬとある。果して事実なりや。『抱朴子』に兎血を丹と蜜に和し百日蒸して服するに梧子《きりのこ》の大きさのもの二丸ずつ百日続け用ゆれば神女二人ありて来り侍し役使すべしとある、いかにも眉唾な話だが下女払底の折から殊に人間に見られぬ神女が桂庵なしに奉公に押し掛け来るとはありがたいから一つ試《ため》して見な。欧州にもこれに劣らぬ豪《えら》い話があってアルペルッス・マグヌスの秘訣に人もし兎の四足と黒鳥《マール》の首を併《あわ》せ佩《お》ぶればたちまち向う見ず無双となって死をだも懼《おそ》れず、これを腕に付くれば思い次第の所へ往きて無難に還るを得、これに鼬《いたち》の心臓を合せて犬に餌えばその犬すなわち極めて猛勢となって殺されても人に順《したが》わずと見ゆるがそんなものを拵《こしら》えて何の役に立つのかしら(コラン・ドー・ブランチー『妖怪事彙《ジクショネール・アンフェルナル》』第四版二八三頁)。米国の黒人は兎脳を生で食えば脳力を強くしまたそれを乾《ル》して摩《す》れば歯痛まずに生えると信ず(一八九三年版『老兎巫蠱篇《オールド・ラビット・ゼ・ヴーズー》』二〇七頁)。陳蔵器曰く兎の肉を久しく食えば人の血脈を絶ち元気陽事を損じ人をして痿黄《いおう》せしむと、果してしからば好色家は避くべき物だ。また痘瘡に可否の論が支那にある(『本草綱目』五一)。予の幼時和歌山で兎の足を貯え置き痘瘡を爬《か》くに用いた。これその底に毛布を着たように密毛|叢生《そうせい》せる故で予の姉などは白粉《おしろい》を塗るに用いた。ペピイスの『日記《ダイヤリー》』一六六四年正月の条に兎の足を膝関節込みに切り取って佩ぶれば疝痛《せんつう》起らずと聞き、笑い半分試して見ると果して効いたとある。鰯の頭も信心と言うが護符や呪術《じゅじゅつ》は随分信ぜぬ人にも効く、これは人々の不自覚識《サブリミナル・セルフ》に自然感受してから身体の患部に応通するのだとマヤースの『ヒューマン・パーソナリチー篇』に詳論がある、私なんかも生来の大
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