巻二十五章にこんな言《こと》を述べて居る。曰《いわ》く「ヒルカニアとインドに虎あり疾く走る事驚くべし。子を多く産むその子ことごとく取り去られた時最も疾く走る。例えば猟夫|間《ひま》に乗じその子供を取りて馬を替えて極力|馳《は》せ去るも、父虎もとより一向子の世話を焼かず。母虎巣に帰って変を覚ると直ちに臭《におい》を嗅《か》いで跡を尋ね箭のごとく走り追う。その声近くなる時猟夫虎の子一つを落す。母これを銜《くわ》えて巣に奔《はし》り帰りその子を※[#「※」は「うかんむり+眞」、8−3]《お》きてまた猟夫を追う。また子一つを落すを拾い巣に伴い帰りてまた拾いに奔る。かかる間に猟師余すところの虎の子供を全うして船に乗る。母虎浜に立ちて望み見ていたずらに惆恨《ちゅうこん》す」と。しかれども十七世紀には欧人東洋に航して親《まのあた》り活《い》きた虎を自然生活のまま観察した者多くなり、噂ほど長途を疾く走るものでないと解ったので、英国サー・トマス・ブラウンの『俗説弁惑《プセウドドキシヤ・エピデミカ》』にプリニの説を破り居る。李時珍いう虎はその声に象《かたど》ると、虎唐音フウ、虎がフウと吼《ほ》えるその声を
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