の非目的論的宇宙觀、機械論的宇宙觀の上に於ても成立つものである。乍併、第二、第三の禍惡觀は非目的論的宇宙觀の上には决して成立つものではない、宇宙秩序に、何かの目的、何かの意義を認めた上でなければ决して成立つものではない。宇宙秩序に目的、意義を認むるは知性の仕事でなくして情性(〔Gemu:t〕)の仕事である、頭腦《ヘッド》の仕事でなくして心胸《ハート》の仕事である、從つて學理上の要求でなくして倫理上若くば宗教上の要求である。
 古來、目的論を否定しながら、第二、第三の禍惡觀を立てた哲學者はあるが、是れは論理的[#「論理的」に丸傍点]には决して成立つものではない。哲學上の非目的論的宇宙觀と、倫理上、宗教上の目的論的禍惡觀との間には論理的[#「論理的」に丸傍点]の連鎖は到底ないのであります。
 今之を上古の哲學者中に求むれば、原子論者の始祖たるデーモクリトス[#「デーモクリトス」に傍線]は其適例でありませう。デーモクリトス[#「デーモクリトス」に傍線]は先づ機械論的非目的論的宇宙觀の主唱者の好代表者であると言つて宜しい。彼れは、當時の目的論者、否な目的論的世界觀の始祖と言はるべきアナキサゴラス[#「アナキサゴラス」に傍線]が「ヌース」の原理を立て、宇宙秩序を以て『目的』『設計』に基いて成立つて居るとしたのに徹頭徹尾反對して、原子の瞽盲的、機械的の運動によつて一切を説明したるものである。是れが即ち彼れの宇宙觀であります。然るに其禍惡觀はどうであるかといふに、彼れは斯ういふことを言つて居る。天地を支配するものは、必然の法則、至上、非人格的、無偏頗の必然の法則である。等しく一切の事物を支配する此法則に我々は歡喜の情を以て[#「歡喜の情を以て」に丸傍点]服從せねばならぬと言つて居ります。
 乍併、一切の事象は必然の法則に據つて起るといふことゝ、歡喜の情を以て之に服從せねばならぬといふことゝの間には决して論理上[#「論理上」に丸傍点]の關係はない。必然の法則であるといふ前提のみにて、必ずしも、歡喜の情を以て[#「歡喜の情を以て」に丸傍点]之に服從せねばならぬといふ歸結は出て來ません。已むを得ぬこと[#「已むを得ぬこと」に丸傍点]であるから之に服從するは已むを得ぬこと[#「已むを得ぬこと」に丸傍点]であるとは言ふことが出來るけれども、歡喜の情を以て[#「歡喜の情を以て」に丸傍点]服從せねばならぬとは論理上よりは[#「論理上よりは」に丸傍点]言へぬ。
 尤も、第一の禍惡觀にしても、其一旦禍惡に服從し、禍惡をあきらめたる結果として[#「結果として」に丸傍点]、精神の均衡平和を得、或は歡喜の情を起すことあるべきは前にも述べた通りでありますけれども、歡喜の情を以て[#「歡喜の情を以て」に丸傍点]禍惡に對すると、受動的に禍惡をあきらめたる結果として歡喜の情を起す[#「結果として歡喜の情を起す」に丸傍点]とは大に趣きを異にして居ると言はねばなりません。
 スピノーザ[#「スピノーザ」に傍線]も亦徹頭徹尾目的論を否定した學者であつて、而かも一方に於ては第三の禍惡觀を取つた人であります。氏の本体は徹頭徹尾無規定のものであつて、毫も『善』といふ着色を帶びて居らぬものでありますが、而かも結末に行くといふと、所謂『神の知的愛』といふことを言つて居る。但し、氏は、其所謂『知的の愛』といふものは通常の愛とは異なるものであつて、唯、一切の事象は神の必然の變態として起るものであるといふことを明むるにあるといふことを、再三、再四、反復して言つては居りますけれども、單に知的の面よりして一切の事象の已むべからざることを知つたからといつて、歡喜の情を以て[#「歡喜の情を以て」に丸傍点]之に服從することが出來るや否やは疑問である。少くとも其間に論理上の關係のないことは前に述べた通りであります。已むを得ざることなれば必ず willingly に服從せねばならぬといふ理窟[#「理窟」に丸傍点]はない。等しく服從するとしても、willingly に服從することもあれば、reluctantly に服從することもある。スピノーザ[#「スピノーザ」に傍線]の本体の觀念と『神の知的愛』との間には矛盾はないとしたところが、乍併又論理上の必然の關係もないと言はねばなりません。勿論『愛』といふ語を、唯、云々の事を知り明める[#「知り明める」に丸傍点]といふ意に使つたとすれば、差支はないが、乍併、此の如き『愛』は所詮非心理的であることを免れません。若し之を以て『神の知的愛』と言ふことが出來るとすれば、今日の自然科學者は悉く此境界に到達して居ると言つても差支ないのであります。而して言論の上[#「言論の上」に丸傍点]のみのスピノーザ[#「スピノーザ」に傍線]を見ずして其全人格[#「全人格」に丸傍点]を見る時は
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