みであつて、將來の文化《クルツール》又は文化人《クルツールメンシュ》に付ては極めて明確の理想を立てゝ居る。
 偖て我邦に現はれたる懷疑説は何處まで進んで居るか[#「我邦に現はれたる懷疑説は何處まで進んで居るか」に傍点]。無論懷疑論者の中にも種々の色別があり、程度上の相違はある。從つて一概に言ふ譯には行かぬけれども自然主義者の中で最よく其懷疑的傾向を代表して居ると思はるゝ論者を取て見れば、隨分極度まで進んで居る者がある、即ち、第一に過去及現在の殆んど凡ての哲學、道徳、宗教を排して居る。而して更に進んで、單に過去及現在のみならず、凡ての[#「凡ての」に傍点]哲學上の概念の體系[#「概念の體系」に傍点]を排し、凡ての道徳及宗教上の理想や價値[#「理想や價値」に傍点]を排斥し、隨分徹底したる個人主義、現實主義、刹那主義を主唱して居るのであります。其れから又た其中にはピュローン風な即ち凡てのことに付て中性的の態度を取つて何事も解决しないといふ所に安住するといふ樣な思想もある。又た、「ソフィスト」の樣な、輕佻な青年や俗衆の意に投ぜんとするといふ樣な不眞面目な風格もある樣に思ふ。併し要するに、是等の懷疑論者の中心思想は、凡ての哲學に對して概念の體系[#「概念の體系」に黒三角傍点]を排し、凡ての宗教及道徳に對して理想[#「理想」に黒三角傍点]や規範[#「規範」に黒三角傍点]や價値[#「價値」に黒三角傍点]を排するといふ點にあると見ることが出來ると思ふ。
 今日の自然主義に對する多數の人の態度を見るに、無論少數有識者の除外例はあるが、大體二樣に別れて居る樣である。一は之に附和雷同する者である。一は之を冷評若くば嘲罵する者である。併し双方共に自然主義といふ者を背徳亂倫の辯護者と見肉情の挑發を以て目的として居る事と見る点に於て一致して居る。双方共に自然主義を斯ういふ風に解して、自分の放縱なる生活をジャスティファイする道具に使はんとするものが多く前者に屬し、常套的《コン※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ンショナル》の道徳をば此破壞的風潮よりして救出さうとする者は後者である。輕佻な、血性的な青年が多く前者に赴き、形式的な教育家や、道徳論者や宗教家は主として後者に赴いて居ると思ふ。併し、是等は自然主義といふものを極皮相的に解して居るのである。自然主義は自らジャスティファイして居る一種の人生觀上の主義の上に立つて居るのである。たとへ其主義なる者は必ずしも意識的に明確になりて居らぬまでも、兎に角有意無意の間に此主義に動かされて居ると言はなければならぬ。其處で、吾々は其の主義がドウいふ點までジャスティファイヤブルであるか、言換ふれば其主義中のドレ丈が眞純《ヂェニュイン》であつてドレ丈けが間違つて居るといふことを見なければならぬと思ふ。
 自然主義の懷疑論が一切の概念的體系を排し、一切の規範、理想、價値を排するといふことの過當であることに付ては既に諸方面で論ぜられて居る。懷疑論者の論議其者が已に幾多の概念や矛盾律や三段論法やを道具に使つて居る。又懷疑論者の論議が已に何等かの理想や價値を認めて居る。現に、此排價値、排理想といふことを最鮮明に標榜して居る「太陽」の長谷川天溪氏[#「長谷川天溪氏」に傍点]などが、一切の價値を排しながら、吾々が極力排斥する者は僞善的生活である、内外表裏に矛盾ある生活であると公言して居る。これは即ち、内外表裏の矛盾なき生活、即ち統一ある生活といふ者に價値を置いて居るといふ證據である。「新小説」の後藤宙外氏[#「後藤宙外氏」に傍点]も矢張り此矛盾を指摘して居る。斯ういふ點は明白に懷疑論者の論理上の矛盾である。斯ういふ矛盾を指斥するといふことも無論自然主義論評の一方である。之によりて自然主義其者の議論の精錬を促し、其發展を進めるといふには非常に有効である。既に是までの經過に付て見ても、自然主義の論議は其初めに比ぶれば非常に精錬せられて、非常に純化されて來たと思ふ。併し、斯ういふ論議上の矛盾を指斥したのみで自然主義其者が直ちに破れたと見るは間違である。自然主義の論理上の體系――懷疑論者は斯ういふ言葉を嫌ふかも知れぬけれども――は之に由て一時破れるかも知れぬ。併し此論議上の體系の根底に存する動力は容易に消滅しない。
 懷疑論者が無價値論を標榜しながら[#「懷疑論者が無價値論を標榜しながら」に傍点]、僞善を惡み[#「僞善を惡み」に傍点]、内外表裏の矛盾を醜とし[#「内外表裏の矛盾を醜とし」に傍点]、統一ある生活に價値を認むるといふのは慥かに論理上の矛盾である[#「統一ある生活に價値を認むるといふのは慥かに論理上の矛盾である」に傍点]。此矛盾は决して辯護することは出來ぬ。併し[#「併し」に傍点]、此矛盾の中に懷疑論者の意義が籠つて居ると思ふ[#「
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