議な御召物の裾を捧げる振りをする。愈馬に乘つて意氣揚々として市中を錬りあるきになる。市民は大評判の御召物を見ん者と眼をそばだてる。併し見えない。併し見えないと言ては自分の信用に關する。矢張り口を極めて之を賞贊する。斯くして鹵簿は肅々として市中を進行する。所が其處に一人の小さな子供があつて叫び出した。「コイツは可笑しい、天子樣は帽子と、シヤツと、ヅボン下だけではないか」と叫び出したのである。此天眞流露の叫聲で一同は忽然として夢より醒めた。シヤツとヅボン下とで意氣揚々と市中を錬りあるいて居つた皇帝は忽ちの中に衆民嘲笑の的となつた。
 といふ話がある。懷疑論者は此天眞流露の少年を學ばんとして居るのである[#「懷疑論者は此天眞流露の少年を學ばんとして居るのである」に傍点]。併し[#「併し」に傍点]、彼等は此少年以外に逸して居るのであります[#「彼等は此少年以外に逸して居るのであります」に傍点]。單に裸かな人を裸かだと直言するのみならず[#「單に裸かな人を裸かだと直言するのみならず」に傍点]、更に進んで凡ての人を裸だと公言して居るのである[#「更に進んで凡ての人を裸だと公言して居るのである」に傍点]。前の半分は懷疑論に於ける眞理である[#「前の半分は懷疑論に於ける眞理である」に傍点]。後の半分は虚僞である[#「後の半分は虚僞である」に傍点]。前の半分よりして吾々は[#「前の半分よりして吾々は」に傍点]、ソークラテースが[#「ソークラテースが」に傍点]「ソフィスト[#「ソフィスト」に傍点]」よりして刺激を得た樣に[#「よりして刺激を得た樣に」に傍点]、自省自戒の刺激を受けなければならぬと思ふ[#「自省自戒の刺激を受けなければならぬと思ふ」に傍点]。後の半分に對しては吾々は附和雷同の弊に陷らない樣に警戒せねばならぬと思ひます[#「後の半分に對しては吾々は附和雷同の弊に陷らない樣に警戒せねばならぬと思ひます」に傍点]。(五月廿三日述)
[#地から1字上げ](明治四十一年六月「教育學術界」第一七卷三號)



底本:「明治文學全集 80 明治哲學思想集」筑摩書房
   1974(昭和49)年6月15日初版第1刷発行
   1989(平成元)年2月20日初版第5刷発行
初出:「教育學術界 第一七卷三號」
   1908(明治41)年6月
入力:岩澤秀紀
校正:川山隆
2008年5月21
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