っていてしかるべき法律を知らずにおりながら、ひとたびその適用を受けると、不平を唱えるというがごとき得手勝手は道徳上もまたこれを許しがたい。しかしさらばといって、法の不知は当然道徳上非難さるべきことのように考えるのは非常な誤謬であると、私は考えます。

       七

 しかし私が以上の説をなすのは、決して読者に向かって「法の不知」を奨励しているのではありません。諸君も国をなしている以上、法律を知るほうがいいのです。なぜならば、諸君がみずから正しいと思っている自己の「常識」と「良心」とが、客観的には正しくないこともありうるし、またたとえそれが正しくても不幸にして法律の命ずるところには違背していることもありうるのですから。しかもそれにもかかわらず、私は諸君に向かって「諸君は法律は知らずともいい、しかし常識と良心とに従って行動せねばならぬ」ということを高唱したいのです。そうしてそれは現在のわが国にとって最も必要な考え方だと私は信ずるのです。
 われわれが目常生活を営むにあたっては、「良心」と「常識」とのみを標準としていさえすればいい。法律のことは「法律の世界」に入ったときに考えさえすれば
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