気窃盗を窃盗罪として処罰すべきや否やが問題になったことがある。当時は旧刑法時代で現在の刑法第二四五条に相当する規定がなかった。それにもかかわらず、わが国の裁判官は――前に一言した――「財物」の意味を広く解釈して、窃盗罪の成立を認めたのであるが、同じ頃ドイツの裁判官は窃盗罪の成立を否定したことがある。この場合、電気窃盗を世間普通の意味で正義に反する行為と考えたことは、確かにドイツの場合でも同じであったに違いないのであるが、恐らく彼らは、なるほど電気窃盗は正義に反する行為には違いないけれども、刑法には罪刑法定主義という大切な基本原則がある、そして窃盗罪に関する刑法の規定はもともと普通有体の物を窃取する場合を予定して設けられたものであるから、みだりにこれを有体物以外のものの窃取にまで拡張して解釈することはよろしくない、この場合電気窃盗を罰することも必要かも知れないが、そのために罪刑法定主義を破るのは刑法全体の建前から見て一層よろしくないと考えたに違いないのであって、そこに、彼此《ひし》の裁判官の間に法的正義観の差異があったと言えるのである。
かくのごとく、法的正義観は、個々の場合に裁判官が
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