。例えば理学部に入学して物理学を研究しようと志す学生が、物理学とは一体どういう学問であるかを知っている程度に、法学の何たるかを知って法学部に入学してくる学生は、ほとんどないのではあるまいか。さればこそ、法学部が入学試験を行うに当っても、一般に法学的学科を試験科目に加え得ないのであって、このことを考えただけでも、法学部の新入学生に対しては、研究上その入口において、先ず法学の何たるかを十分に教える必要のあることがわかると思う。

       二

 私は今ここに、法学が全体としていかなる学問であり、もしくはあるべきかを説こうとするのではない。また、法学教育上法学のいかなる方面に重きを置くべきであるかを論じようとするのでもない。これらの点については人々によっていろいろ考えがあり、私としてもまた多少の考えを持っているが、ここではその問題に論及せんとするのではない。現在全国の官私立大学において法学教育の名において教えられているものをそのまま与えられた事実として認めつつ、それを基礎として、法学生は一般にいかなる考え、いかなる態度で講義を聴き、また研究すればいいのか、そのことについて私の考えていることの一|斑《ぱん》を、新入学生諸君の参考のために述べてみたいのである。
 現在全国官私立の諸大学で与えられている法学教育の内容は、主として法律諸部門に関する所謂解釈法律学的の教育である。無論、法理学のように法律に関する哲学的考察を目的とする講義も行われているし、また法制史のように法律事実学の部門に属するものと考えられる講義も行われている。その他各教授の考え次第によって、解釈法律学的の講義のなかに織りまぜて法律事実学的、もしくは法律社会学的のことを比較的多く教えようとする講義も行われているようであるが、現在実際に与えられている法学教育の大部分は解釈法律学である。個々の教授の意識的に意図するところの如何にかかわらず、また教授方法の如何にかかわらず、実際行われているものは、主として解釈法律学的法学教育である。
 このゆえに、新たに法学部に入学して法学教育を受けようとする新入学生としては、その所謂解釈法律学がいかなる学問であり、これに関する講義が何を目的として行われているかを知ることが何よりも大切であって、私は、この点に関する無智もしくは誤解が、適正なる学習の妨げになっていることを多数の事例
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