たイギリスにおいて学生たちが学校の食堂で一定の年限飯を食わなければ法学士になれない理由がわかったのです。つまり、たとえ理屈だけがわかっても、真に法律家らしい生活経験をした者でなければ、法律家として完全なものだといえない、というわけなのだと思います。
 今までのところ、日本において法律とは何であるかといえば、法律家がホンの小さな小知恵の持ち主として作ったにすぎない。そうしてその小知恵にもとづいて作られた法典をさらに小知恵の力でいろいろと論議をなし、これをもって「これわが法なり」と主張され教えられるのである。そもそも法律に最も利害関係の多い人間は誰かといえば、例えば刑法についていうならば犯罪をおかした犯罪人であり、また民法についていえば、例えば金を借りたとか物を売ったとかいうようなことで権利をもったり義務を負うたりする本人たち、それが一番法律の何たるかにつき利害関係を有する人である。かかる人にとっては法が何を命じているかが明瞭であることが何より必要なのです。しかるに現在たくさんある法律書をあけて自分の心配事を相談してみると、あるいは消極説だとか積極説だとかいうものがあり、さらにまた折衷説な
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