一〇

 われわれの結局進むべき路は「公平」を要求しつつ、しかも「杓子定規」をきらう人間をして真に満足せしめるに足るべき「法」を創造することでなければなりません。
 近世ヨーロッパにおいて、この路を採るべきことを初めて提唱したものは、フランスの 〔Ge'ny〕 でしょう。彼は従前フランスの裁判官が「嘘」によって事実上つじつまを合わせてきたものを合理的に観念せんがために「法」の概念に関する新しい考えを提唱したのです。その結果、まきおこされた自由法運動は、今より十数年前わが国の法学界にも影響を及ぼしはじめました。しかし、当時はただ法学界における抽象的な議論を喚起したるにすぎずして、ほとんど現実の背景をもっていなかった。しかるに、世界大戦以来、わが国一般の経済事情ならびに社会思潮に大変動を生じたため、突如として「法」と「人間」との間に一大溝渠が開かれることになり、ここに先の自由法思想は再びその頭をもたげる機会を見出しました。そうして事実それは「法律の社会化」という名のもとに頭をもたげました。
 それは確かに喜ぶべき現象に違いありません。けれども、この際われわれの考えねばならぬこと
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