また子孫をして「嘘」をつかずに生きることをえしめんがために、「法」を破壊せんと計ります。そうして「法」を固定的なものとして考え、固定的なものとして取り扱わんとする人々の最も恐れている「革命家」は実にこの種の「正直にして勇気ある人々」の中から出るのです。
またそれほど正直でないか、または勇気のない多数の利口者は、「嘘」をついて「法」をくぐろうと計ります。「法」が固定的で、ある事柄が「有」る以上必ず適用されねばならぬようにできている以上、「有」をいつわって「無」という以外「法」の適用を免れる方法はない。「生」を熱愛する人間のこの方法に救いを求める、事や実に当然なりといわねばなりません。「法」を固定的なものとして考え固定的なものとして取り扱わんとする人々はかかる結果を好むのでしょうか? 否、彼らの最も憎みきらうところでなければなりません。しかし彼らがいかに憎みきらっても、「生」を熱愛する人々の「嘘つき」をやめることは事実上不可能です。彼らがこの否むべからざる人生の大事実に気がつかないのだとすれば、それはきわめて愚だといわねばなりません。
大河は洋々として流れる。人間がその河幅を狭めんとして右岸に鉄壁をきずく。水は鉄壁に突き当ってこれを破り去らんとする。しかも、事実それが不可能なことに気づくとき水は転じて左岸をつく。そうしてその軟い岸を蹴破ってとうとうと流れ下る。この際右岸の鉄壁上に眠りつつ太平楽を夢みるものあらば、たれかこれを愚なりとせぬものがあろうか。世の中に「自由法」なることを主張する者があります。そうしてまた「自由法否なり」として絶対的にこれに反対する人もあります。その「反対」する人々は大河をせき止めえた夢をみてみずから「壮美」を感ずる人々です。しかも実は左岸の破り去られつつあることに気のつかない人々です。それらの人々は、すべからく書斎を去り赤煉瓦のお役所を出でて、現実を現実としてその生まれたままの眼をもって、ありのままを直視すべきです。たいして骨を折ることはいりません。ただちに対岸の破壊せられつつあるのに気が付くでしょう。ところが、彼らの中にも利口者があります。口では「法は固定的なものだ」と主張しつつ実際上これを固定的に取り扱って「壮美」を味わうだけの勇気のない人々です。彼らは、従来伝統ないし独断にとらわれて口先では法の「固定」を説きます。しかし、それを行いの上に実現することができない。しからば、彼らはその矛盾した苦しいせとぎわをいかにしてくぐりぬけるか? その際彼らの使う武器は常に必ず「嘘」です。
むろん、裁判官――ことに保守的分子の優勢な社会または法治国における裁判官――が、かかる態度をとることはやむをえません。なぜならば、彼らはこの方法によってでも「法」と「人間」との調和をとってゆかねばならぬ苦しい地位にあるのですから。ところが、法律上、社会上毫もかかる拘束を受けていない人々――学者――がみずからのとらわれている「伝統」や「独断」と「人間の要求」とのつじつまを合わせるために、有意または無意的に「嘘」をついて平然としているのをみるとき、われわれはとうていその可なるゆえんを発見することができないのです。彼らがこの際採るべき態度は、一方においては法の改正でなければなりません。他方においてはまた、法の伸縮力を肯定し創造することでなければなりません。わずかに「嘘」の方法によって「法」と「人間」との調和を計りえた彼らが、これによって彼らみずからの「独断」や「伝統」を防衛し保存しえたりとなすならば、それは大なる自己錯覚でなければなりません。
一〇
われわれの結局進むべき路は「公平」を要求しつつ、しかも「杓子定規」をきらう人間をして真に満足せしめるに足るべき「法」を創造することでなければなりません。
近世ヨーロッパにおいて、この路を採るべきことを初めて提唱したものは、フランスの 〔Ge'ny〕 でしょう。彼は従前フランスの裁判官が「嘘」によって事実上つじつまを合わせてきたものを合理的に観念せんがために「法」の概念に関する新しい考えを提唱したのです。その結果、まきおこされた自由法運動は、今より十数年前わが国の法学界にも影響を及ぼしはじめました。しかし、当時はただ法学界における抽象的な議論を喚起したるにすぎずして、ほとんど現実の背景をもっていなかった。しかるに、世界大戦以来、わが国一般の経済事情ならびに社会思潮に大変動を生じたため、突如として「法」と「人間」との間に一大溝渠が開かれることになり、ここに先の自由法思想は再びその頭をもたげる機会を見出しました。そうして事実それは「法律の社会化」という名のもとに頭をもたげました。
それは確かに喜ぶべき現象に違いありません。けれども、この際われわれの考えねばならぬこと
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