たという時の事を聞こうともしなかったのです。知らないということは仕方のないものです。あの「うるまの市」の歌は、尼の生活のまざまざと滲み出ているもので、ほそぼそと哀愁の籠っているのに牽きつけられます」
 女史は耳を傾けて聴いて居られた。だんだん親しみが出て来て、初めのうちに出されなかった京なまりがほぐれて出るようになり冷たいばかりの人でないことが分ってきた。
 冷たい感じを受けるのは、女史の人柄の水仙の花のような高い香気からで、それが制作の上に反映されたわけであることを知ると共に、うら若い時からのかずかずの芸術上、人生上の労苦を思わずにいられなかった。ふと傍の白い障子に刺す京の晩春の斜めの陽が、辞し去りがたい愛着を感じさせた。と、いつか女史のかたへに来て居った、女史に似た眉目の麗しい童すがたが、見知らぬ私の方をものめずらしそうに見るのであった。それは今京都画壇の中堅である松篁さんであった。
 鶯はまだ啼きやまない。
 窓越しに見ると、莟のふくらみかけた大木の丁子の枝遷りして、わが世の春の閑かさ暖かさをこの時に萃《あつ》めているように。
[#地付き](昭和二十五年)



底本:「青帛の仙
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