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初夏のお池の南清らなる冷たき水のごとき
君住む
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 と詠んだように、それは清冷な京の水を想わせるおもかげとものごしをもっていた。その声は高貴な金属的のさやかに徹ったひびきであった。「歌枕をたずねてお越しになったのですか」この一言が、相対して間もなく女史の私への挨拶であった。何か私の話でも聞き出そうとして、その場のともすれば白けそうな空気を和めようとする心づかいであったらしい。私はその「歌枕」という、澄んだ刺すような言葉が、今も耳に新しく聞えるようである。その時私ははっとして、「京の一番いい今ごろの季節にしたしもうと思って来たのですが、いつか限られた日数がすぎましたので、このままこうどこへも廻らずに帰ります。近江の岡(※[#「りっしんべん+登」、248−10]里)の方へ廻る予定でしたが、この次にします。かねてからお目にかかろうと願っていた思いが遂げられて、こんな嬉しいことはないのです」と、ぎごちない挨拶を返したのであった。すると、女史は話題をかえて、「お妹さんはこのごろいかがですか。今度御一緒においでになったらよかったですのに。お妹さんの
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