た。彼がその小刀《ナイフ》で彼女を突き刺しはしまいかと、彼等は懸念したにしても、彼女は少しもしなかった。
彼は恐しい眼付で彼女を見つめた。そして、しばらくしてから、彼の脣は、まだ少しの声もそこから出て来はしなかったけれども、何かの言葉を言う形をし出した。漸次に、速い苦しげな息遣いの合間合間に、こう言うのが聞えて来た。――
「これはどうしたことだろう?」
涙を顔にぽろぽろ流しながら、彼女は自分の両の手を脣にあて、それに接吻して彼に送った。それから、その手をちょうど彼の破滅させられた頭をそこに休ませるかのように、自分の胸の上に組み合せた。
「あなたは牢番さんの娘さんではありませんね?」
彼女は溜息をつくように言った。「ええ。」
「あなたは誰ですか?」
彼女は、まだ自分の声の調子が当《あて》に出来なかったので、彼と並んでその腰掛台《ベンチ》に腰を掛けた。彼は尻込みした。が彼女は自分の片手を彼の腕にかけた。彼女がそうした時に奇妙な戦慄が彼を襲い、それが目に見えて彼の体中に伝わった。彼は彼女を見つめながら、小刀《ナイフ》をそっと下に置いた。
長い捲毛にしている彼女の金髪は、ぞんざいに掻
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