ってやっとのことでそのお許しを得ました。その時からずっと靴を造っております。」
彼が取り上げられている靴を受け取ろうとして手を差し出した時に、ロリー氏はなおも彼の顔をじっと覗き込みながら言った。――
「ムシュー・マネット、あなたは私のことをちっとも覚えていらっしゃいませんか?」
靴は床《ゆか》にばたりと落ち、彼はその質問者をじいっと眺めながら腰掛けていた。
「ムシュー・マネット、」――ロリー氏は自分の片手をドファルジュの腕にかけて、――「あなたはこの人のことをちっとも覚えていらっしゃいませんか? この人をよく御覧なさい。私をよく御覧なさい。あなたのお心の中には、昔の銀行員や、昔の仕事や、昔の召使や、昔のことが少しも浮んで参りませんか、ムシュー・マネット?」
その永年の間の囚人がロリー氏とドファルジュとを代る代るじいっと見つめながら腰掛けているうちに、額《ひたい》の真中の、永い間掻き消されていた、活動的な鋭い知能の徴《しるし》が、彼にかぶさっていた黒い霧を押し分けてだんだんと現れて来た。と、その徴は再び霧に覆われ、次第に微かになり、とうとう消え去ってしまった。が、それは確かにそこに
前へ
次へ
全341ページ中102ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ディケンズ チャールズ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング