「北塔百五番。」
 吐息《といき》とも呻《め》き声ともつかぬものうい音《ね》をほっと洩らすと共に、彼はまた身を屈めて仕事をし出したが、やがて沈黙はまた破られた。
「あなたは本職の靴造りではないのでしょうね?」と、彼をじっと見つめながら、ロリー氏が言った。
 この質問をドファルジュに転嫁したがっているかのように、彼のやつれた眼はドファルジュの方に向いた。が、その方面からは何の助けも来なかったので、その眼は床《ゆか》を捜してから質問者に戻った。
「わたしが本職の靴造りではないだろうって? はい、わたしは本職の靴造りではありませんでした。わたしは――わたしはここへ来てから覚えたのです。独りで覚えたのです。わたしはお許しを願って――」
 彼はそう言いかけたまま何分間もぼんやりした。その間中、あの両手の規則的な代る代るの動作を繰返していた。彼の眼は、とうとう、そこからさまよい出た元の顔へゆっくりと戻った。その顔に止ると、彼ははっとして、眠っていた人がつい今目が覚めて、前夜の話題をまた話し出すような工合に、再び言い始めた。
「わたしはお許しを願って独りで覚えたいと思いましたが、ずいぶん永い間かか
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