の食卓で食事をすることにしていたが、しかしその他の日には、台所か、それとも三階にある自分自身の室――そこは彼女のお嬢さまの他《ほか》にはかつて誰一人も入ることを許されたことのない青い部屋★であったが――かで、人知れぬ時刻に食事することを、どうしてもやめなかった。この日の食事の際には、プロス嬢は、彼女のお嬢さまの楽しい顔と彼女を喜ばそうとする楽しい努力とに応じて、よほど打寛《うちくつろ》いでいた。だから、その食事もまた非常に楽しかった。
 その日は蒸暑い日であった。それで、食事がすむと、リューシーは、葡萄酒を篠懸の樹の下に持ち出して、みんなそこへ出て腰掛けることにしましょう、と言い出した。すべてのことが彼女次第であり、彼女を中心にして囘転していたので、皆はその篠懸の樹の下へ出て行った。そして彼女は特にロリー氏のために葡萄酒を持って行った。彼女は、しばらく前から、ロリー氏のお酌取りの役を引受けていたのだ。そして、皆が篠懸の樹の下に腰掛けて話している間も、彼女は彼の杯を始終一杯にしておくようにした。あたりの建物の何となく神秘的に見える裏手や横面がそこで話している彼等を覗いていたし、篠懸の樹は彼等の頭上でその樹のいつものやり方で彼等に向って囁いていた。
 それでもまだ、何百の人々は姿を見せなかった。彼等が篠懸の樹の下に腰掛けている間にダーネー氏が姿を見せた。が彼はたった一人であった。
 マネット医師は彼を懇ろに迎えた。またリューシーもそうした。しかし、プロス嬢は俄かに頭と体とにひきつりを起して、家の中へひっこんだ。彼女がこの病気に罹ることは珍しくなかった。そして彼女はその病気のことを打解けた会話の時には「痙攣の発作」と言っていた。
 医師は体の工合がこの上もなくよくて、特別に若々しく見えた。彼とリューシーとの類似はこういう時には非常に目立った。そして、彼等が並んで腰を掛け、彼女は彼の肩に凭れ、彼は彼女の椅子の背に片腕をかけている時に、その似ているところを見比べてみるのは極めて愉快なことであった。
 彼は、いろいろの問題にわたって、非常に決活に、絶えず話していた。「ちょっと伺いますが、|マネット先生《ドクター・マネット》、」とダーネー氏が、彼等が篠懸の樹の下に腰を下した時に、言ったが、――それは、ちょうどその時ロンドンの古い建築物ということが話題になっていたので、自然その話を続けて言ったのだった。――「あなたはロンドン塔★をよく御覧になったことがおありですか?」
「リューシーと二人で行って来たことがあります。だがほんの通りすがりに寄っただけです。興味のあるものが一杯あるなということがわかるくらいには、見物して来ました。まあ、それっくらいのところです。」
「あなた方も御存じのように、私は[#「私は」に傍点]あすこへ行っていたことがありますが★、」とダーネーは、幾らか腹立たしげに顔を赧らめはしたけれども、微笑を浮べながら、言った。「見物人とは別の資格でいたのですし、またあすこをよく見物する便宜を与えられるような資格でいたのでもありませんでした。私があすこにいました時に珍しい話を聞かされましたよ。」
「どんなお話でしたの?」とリューシーが尋ねた。
「どこか少し改築している時に、職人たちが一つの古い地下牢を見つけたんだそうです。そこは、永年の間、建て塞がれて忘れられていたんですね。そこの内側の壁の石にはどれにもこれにも、囚人たちの刻みつけた文字が一面にありました。――年月日だの、名前だの、怨みの言葉だの、祈りの言葉だのですね。その壁の一角にある一つの隅石に、死刑になったらしい一人の囚人が、自分の最後の仕事として、三つの文字を彫っておいたそうです。何かごく貧弱な道具で、あわただしく、しっかりしない手で彫ってあるんです。最初は、それは D.I.C. と読まれたのですがね。ところが、もっと念入りに調べてみると、最後の文字は G だとわかりました。そういう頭文字《かしらもじ》の姓名の囚人がいたという記録も伝説もなかったので、その名前は何というのだろうかといろいろ推測されたんですが、どうもわからなかったのです。とうとう、その文字は姓名の頭文字ではなくて、 DIG ★という完全な一語ではなかろうか、と言い出した者がいました。で、その文字の刻んである下の床《ゆか》をごく念入りに調べてみたんです。すると、一つの石か、瓦か、鋪石《しきいし》の破片のようなものの下の土の中に、小さな革製の函《ケース》か嚢かの塵になったものと雑《まじ》って、塵になってしまった紙が見つかったんだそうですよ。その誰だかわからない囚人の書いておいたことは、もうどうしたって読めっこないでしょう。が、とにかくその男は何かを書いて、牢番に見つからないようにそれを隠しておいたんですね。」
「おや、
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