ぱり出されて絞《し》め殺されたし、この次の部屋(わしの寝室)では、わしたちの知っているところでも、一人の奴などは、自分の娘のことについて――そやつの[#「そやつの」に傍点]娘じゃぞ!――何か横柄な気の利いたことを言いおったというので、その場で短剣で突き刺されたものじゃよ。わしたちは多くの特権を失うてしもうた。新しい哲学が流行《はや》って来たでのう。で、当今、わしたちの地位をあくまで主張するとなると、ほんとうに不便な目に遭うかもしれんわい。(わしは遭うだろうとまでは言わぬ。遭うかもしれんと言うのじゃ。)何もかも全く悪くなってしもうた、全く悪くなってしもうた!」
侯爵は穏かに少量の一撮みの嗅煙草を嗅いだ。そして、国家更生の偉大な手段となるべき、この自分という人間がまだ存在している国家について、いかにもこの上なく彼にふさわしく優雅に落胆したような様子で、頭を振った。
「われわれは、昔でも近代でも、余りわれわれの地位を主張して来ましたので、」と甥は憂鬱に言った。「われわれの家名はフランス中のどの家名よりも憎み嫌われていると私は思います。」
「そうありたいものじゃな。」と叔父が言った。「高貴な者に対する憎悪は卑賤な者の無意識の尊敬じゃ。」
「この辺のどこの土地にだって、」と甥は前と同じ語調で言い続けた。「恐怖と屈従との陰鬱な敬意以外のどんな敬意でも浮べて私を見てくれるような顔は一つだって見当りませんよ。」
「家門の偉大さに対する礼儀じゃよ。」と侯爵は言った。「わしどもの一門がその偉大さを維持して来たやり方から見て当然受くべき礼儀じゃよ。はっはっ!」そして彼はまた穏かに少量の一撮みの嗅煙草を嗅いで、軽く脚を組んだ。
しかし、彼の甥が食卓に片肱をかけて、思いに沈んで元気なくその片手で眼を蔽うた時、あの精巧な仮面は、それをかぶっている人の無頓著を装《よそお》う態度には不釣合なほど、鋭さと細心さと嫌悪とを強く集中させて、彼を横目にじっと見た。
「抑圧は唯一の永続する哲学なのじゃ。恐怖と屈従との陰鬱な敬意は、なあ、お前、」と侯爵は言った。「この屋根が、」と屋根の方を見上げながら、「空を見えぬように遮っている限りは、あの犬どもを鞭に柔順にさせておくじゃろうて。」
それは侯爵の想像したほど永いことではないかもしれなかった。この時からわずか数年後のその館と、またやはりこの時からわずか数
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