のは世の中には何ものもないということを知っていた。そのように尽された、そのように金銭ずくの穢《けが》れを少しも持たないそういう奉仕に、彼は極めて高い尊敬の念を持っていたので、彼は、自分だけの心の中で作っている応報の排列表★――吾々は皆そういう排列表を多少とも作っているのであるが――の中では、プロス嬢を、天質と人工との両方によって彼女とは比べものにならぬほど美しく粧うている、テルソン銀行に預金を持っている多くの淑女たちよりも、下級の天使たちによほど近いところに置いていたのであった。
「お嬢さまにふさわしい男は一人だけしかいなかったのですし、これからだってそうでしょう。」とプロス嬢は言った。「その男というのは私の弟のソロモンでしたの。もしあれが身を持崩していませんでしたらばですがねえ。」
また始った。ロリー氏がいつかプロス嬢の身の上をいろいろと尋ねてみたところが、彼女の弟のソロモンというのは、賭博の賭金にするために彼女の持っていたものを何もかも一切捲き上げて、無一文になった彼女を少しも気の毒とも思わないでそのまま見棄てて行ってしまった無情な無頼漢である、という事実が確かになったのであった。そのソロモンをプロス嬢がそのように信じ切っている(そういうちょっとした身の誤りのためにその信用はいささか減ってはいたが)ということは、ロリー氏には全く常談事とは思えなかった。そしてまた、そのことは彼が彼女に好感を抱くについて大いに効力があったのだった。
「わたしたちは今のところ偶然二人きりだし、二人とも事務の人間だから、」と彼は、二人が応接室へと引返して、そこで打解けた気持で腰を下した時に、言った。「私はあんたにお尋ねしたいんだが、――先生《ドクター》は、リューシーさんと話される時に、あの靴を造っておられた頃のことを仰しゃったことがまだ一度もないかね?」
「ええ、一度も。」
「それだのにあの腰掛台《ベンチ》とあの道具とを自分の傍に置いておかれるんだね?」
「ああ!」とプロス嬢は頭を振りながら答えた。「でも私はあの方《かた》が心の中でもその頃のことを思っていらっしゃらないとは申しませんよ。」
「あんたはあの人がその頃のことをよほど考えておられると思いますか?」
「思います。」とプロス嬢が言った。
「あんたの想像するところでは――」とロリー氏が言いかけると、プロス嬢がその言葉をこう遮った
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