緒にお暮しになりましたのは、お嬢さまがまだ十歳《とお》の時からでした。ですから、ほんとうにとてもつらいんですの。」とプロス嬢が言った。
 何がとてもつらいのかはっきりとはわからないので、ロリー氏は自分の頭を振り動かした。自分の体《からだ》のその重要な部分を、何にでもぴったりと合う魔法の外套のようなものとして使ったのである。
「お嬢さんにちっともふさわしくないいろんな人たちが、始終やって来るんですからねえ。」とプロス嬢が言った。「あなたがそれをお始めになった時だって――」
「わたしが[#「わたしが」に傍点]そんなことを始めたって、|プロスさん《ミス・プロス》?」
「あなたがお始めになったじゃありませんでしたか? お嬢さんのお父さまを生き返らせたのはどなたでした?」
「ああ、そうか! あのことが[#「あのことが」に傍点]それの始めだったと言うんなら――」とロリー氏が言った。
「あのことはそれの終りだったとも言えないでしょうからね? 今申しましたようにね、あなたがそれをお始めになった時だって、ずいぶんつらかったんですの。と言って、私はマネット先生に何も難癖《なんくせ》をつけるんじゃありません。ただ、あの方《かた》だってああいうお嬢さまにはふさわしくないということだけを別にすればですがね。でもそれはあの方《かた》の咎《とが》じゃあございませんわ。どんな人にだって、どんな場合でも、そんなことは望むのが無理なんですからね。ですけれども、あの方《かた》の後から(あの方《かた》だけは私我慢してあげるんですが)、お嬢さまの愛情を私から取り上げてしまいに、大勢の人たちがやって来るのは、ほんとうに二倍にも三倍にもつらいことですわ。」
 ロリー氏はプロス嬢の非常に嫉妬深いことを知っていた。が、彼はまた、彼女が表面《うわべ》は偏屈ではあるが、その実は、自分たちが失ってしまった若さに対して、自分たちがかつて持ったことのなかった美しさに対して、自分たちが不幸にも習得することの出来なかった芸能に対して、自分たち自身の陰鬱な生涯には一度も射さなかった輝かしい希望に対して、純粋な愛情と欽仰とから、喜んで自分を奴隷にしようとする、あの非利己的な人間――それは女性の間にのみ見出される――の一人であるということも、この時分には知っていた。彼は世間をよく知っていたので、そういう真心の誠実な奉仕に優《まさ》るも
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