いということの他《ほか》には、何一つ得るところがなかった。この時、これまでずっと法廷の天井を眺めていた例の仮髪《かつら》の紳士が、小さな紙片に一二語書いて、それを捻《ひね》って、その弁護士に投げてやった。弁護士は、訊問の次の合間にその紙片を開いて見ると、非常な注意と好奇心とをもって被告をうち眺めた。
「君はそれが確かに[#「確かに」に傍点]被告であったということを十分に確信していると今一度言えますね?」
 その証人はそれを十分に確信していると言った。
「君はこれまでに誰でも被告に非常に似た人を見たことがありますか?」
 被告と見違えるくらいに似た人は見たことがない(と証人が言ったのであるが)とのこと。
「では、あの紳士、あそこにいるわたしの同僚を、」とさっき紙を投げてよこした男を指さしながら、「よく見たまえ。それから次に被告をよく見たまえ。どう思います? 二人は互に非常に似ていやしませんか?」
 二人をそうして見比べてみると、その同僚弁護士の風采が放埓なというほどではないにしても無頓著でじだらくなのを差引すれば、二人が互に非常に似ていることは、証人ばかりではなく、その場に居合せたすべての人を驚かすに十分であった。裁判長閣下が、仮髪《かつら》を脱ぐようにその同僚弁護士に命じて頂きたいと請われて、あまり快くもなさそうな承諾を与えると、二人の似ていることはますます目立つようになった。裁判長閣下は、ストライヴァー氏(被告の弁護人)に向って、では吾々は次にはカートン氏(彼の同僚弁護士の名)を叛逆罪の廉《かど》で審理しなければならないのか? と尋ねた。けれども、ストライヴァー氏は裁判長閣下に答えて、そうではない、しかし、自分はその証人に、一度あったことは二度あるものかどうか、もし証人が彼の軽率を示すこういう例証をもっと前に見ていたなら、今のような確信を持ったかどうか、現にそれを見た上でも、今のような確信を持つかどうか、云々、ということを答えてもらいたいのだ、と言った。その訊問の結果は、この証人を瀬戸物の器《うつわ》のように粉砕し、この事件における彼の役割を無用のがらくたとしてしまうまでに打ち砕いたのであった。
 クランチャー君は、ずっと今までの証言を聴きながら、この時分までには自分の指から全く一|昼食《ランチ》分くらいの鉄銹を食べてしまっていた。彼は、今度は、ストライヴァー氏が
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