の好奇心の眼は、しばらくの間は、彼に全くじっとしているように力をつけることが出来なかった。彼の右の手は前にある薬草をあわてて掻き分けて空想の中で庭園の花壇にした。そして息遣いを落著かせてしっかりさせようとする彼の努力のために脣はぶるぶる震え、その脣からは血の気がさっと心臓へ戻った。例の大きな蠅のぶんぶん唸る音がまた高まった。
「|マネット嬢《ミス・マネット》、あなたは以前に被告に逢ったことがありますか?」
「はい。」
「どこで?」
「ただ今お話に出ました定期船の中で。同じ折に。」
「あなたは今話に出た若い御婦人ですね?」
「はあ! ほんとに不仕合せなことに、さようなのでございます!」
 彼女の同情から出たその悲しげな声音《こわね》は、裁判官が幾分荒々しく「あなたに尋ねられた質問に答えればよろしい。それについて意見がましいことを言ってはならぬ。」と言った時の、彼のあまり音楽的でない声の中に消されてしまった。
「|マネット嬢《ミス・マネット》、あなたはイギリス海峡を渡る時のその航海中に被告と何か話をしましたか?」
「はい。」
「それを思い出して御覧なさい。」
 深い静けさの中で、彼女は弱い声で言い始めた。――
「あの紳士が乗船なさいました時に――」
「あなたは被告のことを言っておられるのか?」と裁判官は眉を顰《ひそ》めながら尋ねた。
「はい、閣下。」
「では被告と言いなさい。」
「被告が乗船して参りました時に、被告は、私の父が、」と彼女は傍に立っている父親に自分の眼を愛情をこめて向けながら、「たいそう疲労していまして、体《からだ》もひどく弱っておりますのに、目を留めました。父はずいぶん衰弱しておりましたので、私は父を外の空気のあたらないところへ連れて参りますのはよくないと存じまして、船室の昇降段の近くの甲板の上に父のために寝床《ベッド》を拵えておきました。そして、父の世話をするために、私は父の傍の甲板に坐っていたのでございます。その晩は私ども四人の他《ほか》に乗客はございませんでした。被告は、親切に、私に私のいたしましたよりも上手に父を風や寒さに当てないようにするにはどうしたらよいか教えてあげてもよろしいかと申してくれました。私は、港の外へ出ますと風がどんなに吹くものか存じませんでしたので、それを上手にするにはどうしたらよろしいのかわからなかったのでございます。被告は私
前へ 次へ
全171ページ中81ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ディケンズ チャールズ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング