な?」
「それは誓いません。」
「それでは少くともあなたは彼がその中の一人であったかもしれぬと言われるんですね?」
「そうです。ただ一つ違いますのは、その二人とも――私と同様に――追剥を怖《こわ》がってびくびくしておりましたと記憶いたしますが、この被告には小胆な様子がございません。」
「あなたはいかにも臆病らしく見える人間というのを見たことがありますか、ロリー氏?」
「確かにそういう人間を見たことがございます。」
「ロリー氏、もう一度被告を見なさい。あなたの確かに知っておられるところでは、あなたは以前に彼に逢ったことがありますか?」
「あります。」
「いつです?」
「私はそれから数日後にフランスから帰ろうといたしましたが、カレーで、被告が私の乗っておりました定期船に乗船して参りまして、私と一緒に航海をいたしました。」
「何時《なんじ》に彼は乗船しましたか?」
「夜半少し過ぎに。」
「真夜中にだね。そんな時ならぬ時刻に乗船した乗客は被告一人だけでしたか?」
「偶然にも被告一人だけでした。」
「『偶然にも』などということはどうでもよろしい、ロリー氏。その真夜中《まよなか》に乗船した乗客は被告一人だけだったのですな?」
「そうでした。」
「あなたは一人で旅行していたのですか、ロリー氏、それとも誰か連《つれ》がありましたか?」
「二人の連《つれ》がありました。紳士と婦人とです。その二人はここにおられます。」
「その二人はここにおられるのだね。あなたは被告と何か話をしましたか?」
「ほとんどしません。天候は荒れておりましたし、その航海は長くかかって海が荒れましたので、私はほとんど岸から離れて岸に著くまで長椅子《ソーファ》に寝ていましたのです。」
「|マネット嬢《ミス・マネット》!」
 さっきも場内のすべての眼がその方へ振り向き、今また再び振り向けられた、かの若い婦人は、自分の腰掛けていた場所に立ち上った。彼女の父親も一緒に立ち、自分の片腕に彼女の片手を通したままにしていた。
「|マネット嬢《ミス・マネット》、被告を御覧なさい。」
 そういう同情と、またそういう真心のこもった若さと美しさとに対することは、その被告にとっては、場内のすべての群集と対するよりも遥かにつらいことであった。いわば自分の墓穴の縁《ふち》に彼女と共に別になって立っているので、じろじろと見つめているすべての人
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