出来るだけその心持を隠すようにはしていたが、二人の心はだんだん軽くなって行った。子供達は解らないながらもその話を聞こうとして、鳴りを鎮めて周囲に集まっていたが、その顔はだんだん晴れ晴れして来た。そして、これこそこの男の死んだために幸福になった家庭であった。この出来事に依って惹起された感情の中で、精霊が彼に示すことの出来た唯一のものは喜悦のそれであった。
「人の死に関係したことで、何か優しみのあることを見せて下さいな」と、スクルージは云った。「でないと、今しがた出て来たあの暗い部屋がね、精霊殿、いつまでも私の眼の前にちらついているでしょうからね。」
精霊は彼の平生歩き馴れた街々を通り脱けて、彼を案内して行った。歩いて行く間に、スクルージは自分の姿を見出そうと彼方此方を見廻わしたものだ。が、どこにもそれは見附からなかった。彼等は前に訪問したことのある貧しいボブ・クラチットの家に這入った。すると、母親と子供達とは煖炉の周りに集まって坐っていた。
静かであった。非常に物静かであった。例の騒がしい小クラチットどもは立像のように片隅にじっと塊《かた》まって、自分の前に一册の本を拡げているピータアを見上げながら腰掛けていた。母親と娘達とは一生懸命に針仕事をしていた。が、確かに彼等は非常に静かにしていた。
「『また孩子《おさなご》を取りて、彼等の中に立てて、さて‥‥』」
スクルージはそれまでどこでこう云う言葉を聞いたことがあるか。彼はそれまでそれを夢に見たこともなかった。彼と精霊とがその閾を跨いだ時に、その少年がその言葉を読み上げたものに違いない。だが彼はどうしてその先を読み続けないのか。
母親は卓子の上にその仕事を置いて、顔に手を当てた。
「どうも色が眼にさわってねえ」と、彼女は云った。
色が? ああ、可哀そうなちび[#「ちび」に傍点]のティムよ!
「もう快《よ》くなりましたよ」と、クラチットの主婦《かみ》さんは云った。「蝋燭の光では、黒い物は眼を弱らせるね。私は、阿父さんがお帰りの時分には、どんな事があっても、どんよりした眼をお目にかけまいと思ってるんだよ。そろそろもうお帰りの時分だね。」
「過ぎた位ですよ」と、ピータアは前の書物を閉じながら云った。「だが、阿父さんはこの四五日今までよりは少しゆっくり歩いて戻ってらっしゃるようだと思いますよ、ねえ阿母さん。」
彼
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