ト二ヵ月もすると、また故国をあとに、ダウンスを船出しました。私の乗った船は、『アドベンチュア号』でした。
船がマダガスカル海峡を過ぎる頃までは、無事な航海でしたが、その島の北あたりから、海が荒れだしました。そして二十日あまりは、難儀な航海をつゞけました。が、そのうち風もやむし、波もおだやかになったので、私たちは大へん喜んでいました。ところが、船長は、この辺の海のことをよく知っている男でした。暴風雨が来るから、すぐ、その用意をするよう命令しました。はたして、次の日から暴風雨がやって来ました。
船は荒れ狂う風と波にもまれ、私たちは一生懸命、奮闘しましたが、なにしろ、恐ろしい嵐で、海はまるで気狂のようでした。船はずん/\押し流されて、どこに自分たちがいるのやら、もう見当がつかなくなりました。
私たちの船は、どこともしれない海の上を、陸を求めて進んでいました。まだ、船には食糧も充分あるし、船員はみんな元気でしたが、たゞ困るのは水でした。ある日、マストに上っていた少年が、
「陸が見える!」
と叫びました。
それが一七〇三年六月十六日のことでした。翌日になると、何か大きな島か陸地らしいものが、みんなの目の前に見えてきました。その南側に小さな岬が海に突き出ていて、浅い入江が一つ出来ていました。
私たちは、その入江から一リーグばかり手前で、錨をおろしました。みんな水を欲しがっていたので、船長は十二人の船員に、水桶を持たせて、ボートに乗せて、水探しに出しました。私もその国が見たいのと、何か発見でもありはしないかと思ったので、一しょにそのボートに乗せてもらいました。
ところが、上陸してみると、川もなければ、泉もなく、人ひとり住んでいる様子もないのでした。船員たちは、どこか清水がないかと、海岸をあてもなく歩きまわっていましたが、私は別の方角へ一マイルばかり、一人で歩いてみました。だが、あたりは石ころばかりの荒地でした。面白そうなものも別に見つからないし、そろ/\疲れてきたので、私は入江の方へブラ/\引っ返していました。海が一目に見わたせるところまで来てみると、船員たちは、もうちゃんとボートに乗り込んで、一生懸命に、本船めがけて漕いでいるのです。
おーい待ってくれ、と私は大声で呼びかけようとして、ふと気がつきました。恐ろしく大きな人間がグン/\海を渡って、ボートを追っかけているのです。膝のあたりしかない海の中を、その男は恐ろしい大股で歩いて行きます。だが、ボートは半リーグばかりも先に進んでいたし、あたりは鋭い岩だらけの海だったので、この怪物も、ボートに追いつくことはできなかったのです。
もっとも、これはあとから聞いた話なのです。そのときの私は、そんなものを見ているどころではありません。もと来た道を夢中で駈けだし、それから私は、とにかく、嶮《けわ》しい山の中をよじのぼりました。山の上にのぼってみると、あたりの様子が、いくらかわかりました。土地は見事に耕されていますが、何より私を驚かしたのは、草の大きいことです。そこらに生えている草の高さが、二十フィート以上ありました。
やがて、私は国道へ出ました。国道といっても、実は、麦畑の中の小路なのでしたが、私には、まるで国道のように思えたのです。しばらく、この道を歩いてみましたが、両側とも、ほとんど何も見えないのでした。とりいれ[#「とりいれ」に傍点]も近づいた麦が、四十フィートからの高さに、伸びています。一時間ばかりもかゝって、この畑の端へ出てみると、高さ百二十フィートもある垣で、この畑が囲まれているのがわかりました。だが、樹木などは、あんまり高いので、私には見当がつきませんでした。
この畑から隣りの畑へ通じる段々があり、それが四段になっていて、一番上の段まで行くと、一つの石をまたぐようになっていました。一段の高さが六フィートもあって、上の石は二十フィート以上もあるので、とても私には、そこは通れませんでした。
どこか垣に破れ目でもないかしら、と探していると、隣りの畑から、一人の人間がこちらの段々の方へやって来ました。人間といっても、これは、さっきボートを追っかけていたのと同じくらいの大きな怪物です。背の丈は、塔の高さくらいはあり、一歩あるく幅が、十ヤードからありそうです。私は胆をつぶし、麦畑の中に逃げ込んで、身を隠しました。
そこから見ていると、その男は段々の上に立ち上って、右隣りの畑の方を振り向いて、何か大声で叫びました。その声のもの凄いこと、私ははじめ雷かと思ったくらいでした。
すると、手に/\鎌を持った、同じような、七人の怪物が、ぞろ/\と集ってくるではありませんか。鎌といっても、普通の大鎌の六倍からあるのを持っているのです。が、この七人は、あまり身なりもよくないので、召使らしく思えました。はじめの男が何か言いつけると、彼等は私の隠れている畑を刈りだしました。
私は、できるだけ遠くへ逃げようとしましたが、この逃げ路が、なか/\難儀でした。なにしろ、株と株との間が一フィートしかないところもあります。これでは、私の身体でも、なか/\通りにくいのでした。どうにかこうにか進んでいるうちに、麦が風雨で倒れてしまっているところへ出ました。もう、私は一歩も前進できません。茎がいくつも絡み合っていて、潜り抜けることもできないし、倒れた麦の穂先は、ナイフのように尖っていて、それが、洋服ごしに、私の身体を突き刺しそうなのです。
そうこうしているうちに、鎌の音は、百ヤードとない後から、近づいて来ます。私はすっかり、へたばって、もう立っている力もなくなりました。畝《うね》と畝との間に横になると、いっそ、このまゝ死んでしまいたい、と思いました。私は、残してきた妻や子供たちのことが、眼に浮んできました。みんながとめるのもきかないで、航海に出たのが、今になって無念でした。ふと、私はリリパットのことも思い出しました。あの国の住民たちは、この私を、驚くべき怪物として、尊敬してくれたし、あの国でなら、一艦隊をそっくり引きずって帰ることだってできたのです。
だが、こゝでは、こんな、とてつもない、大きな連中に会っては、この私はまるで芥子粒《けしつぶ》みたいなものです。今に誰かこの大きな怪物の一人につかまったら、私は一口にパクリと食われてしまうでしょう。しかし、この世界の果てには、リリパットより、もっと小さな人間だっているかもしれないし、その世界の果てには、今こゝにいる大きな人間より、もっと/\大きな人間だっているかもしれないと、私は恐怖で気が遠くなっていながら、こんなことを思いつゞけていました。
そのうちに、刈手の一人が、私の寝ている畝《うね》から、十ヤードのところまで、近づいて来ました。もう、この次には、足で踏みつぶされるか、鎌で真二つに切られるかもわかりません。その男が動きかけると、私は大声でわめきちらし、助けを求めました。
巨人は立ちどまって、しばらく、あたりを見まわしていましたが、ふと、地面にひれふしている私を、見つけました。この小さな、危険な、動物を、騒がれないように、噛まれないように、つかまえるには、どうしたらいゝのかしら、といった顔つきで、彼はしばらく考えていました。私もイギリスで、いたち[#「いたち」に傍点]や鼠をつかまえるときには、ちょっとこんなふうにしたものです。
とう/\、彼は思いきって、人差指と親指で、私の腰の後の方をつまみあげると、私の形をもっとよく見るために、目から三ヤードのところへ、持ってゆきました。私は、彼のしていることがよくわかったので、安心して落ち着いていました。こうして、地上から六十フィートの高さにつまみ上げられている間は、じっとしていよう、と思いました。ただ、苦しかったのは、私を指からすべり落すまいとして、ひどく、脇腹をしめつけられていることでした。
私はたゞ、天を仰ぎ両手を合せながら、お願いするように、哀れっぽい調子で、何かと言ってみました。というのは、私たちが厭な虫など殺す場合、よく地面にパッとたゝきつけるものですが、あれを今やられはすまいかと、心配でならなかったのです。
だが、幸いなことに、彼には私の声や身振りが気に入ったようでした。私がはっきり言葉を話すので、その意味は彼にはわからなかったのですが、ホウ、ものが言えるのか、と驚いたような顔つきで、彼は珍しげに私を眺めるのでした。私は、彼の指で、脇腹をしめつけられているのが苦しくなったので、うめいたり、泣いたりして、一生懸命、そのことを身振りで知らせました。
すると、彼にもその意味がわかったらしく、上衣の垂れをつまみ上げて、その中に、そっと私を入れました。それから大急ぎで、主人のところへ駈けつけて行きました。主人というのは、私が最初に畑で見た男でした。
その主人は、召使が話すのを、じっと聞いていましたが、杖ほどもある藁《わら》すべを取って、それで、私の上衣の垂れを、めくりあげました。この洋服は、私の身体に、生れつきくっついているものと思ったのでしょう。それから、私の髪の毛に、フーと息を吹きかけて、髪を分けると、顔をしげ/\眺めました。それから、(これはあとになって、わかったのですが)召使たちを呼び集めると、これまでこんな小さな動物を畑で見たことがあるかと、みんなに、尋ねました。それから、私を、そっと、四つ這いのまゝの恰好で、地面におろしてくれました。
私はすぐに立ち上って、逃げ出すつもりのないことを見せるために、ゆる/\とあたりを歩きまわりました。すると、みんなは、私の動きぶりをよく見ようとして、私を囲んで、坐り込んでしまいました。私は帽子を取って、百姓にていねいに、おじぎをしました。それから、ひざまずいて、両手を高く差し上げ、天を仰いで大声で、二言、三言話しかけました。そして、ポケットから、金貨の入った財布を取り出して、うや/\しく彼のところへ持って行きました。
彼はそれを掌で受け取ってくれましたが、目のそばへ持って行って、何だろうかと、眺めていました。袖口からピンを一本抜き取って、その先で何度も、掌の上の財布をひっくりかえしていましたが、やはり、何だかわからないようでした。
そこで、私は手まねで、その掌の財布を下に置いてくれ、と言いました。財布が下に置かれると私はそれを手に取って、中を開いて、金貨をみんな彼の掌の上にばらまきました。四ピストルのスペイン金貨が六枚と、ほかに小銭が二三十枚ありました。見ると彼は小指の先を舌で濡しては、大きい方の金貨を一枚々々つまみ上げていましたが、やはり、それが何だか、さっぱりわからないらしいのです。
彼は手まねで私に、もう一度これを財布におさめて、ポケットに入れておけ、と言うのでした。私は何度も、そのお金を彼に差し出してみましたが、やはり、彼の言うとおりに、おさめておきました。
そのうちに、もう百姓には、私が理性的な生物(人間)だ、ということが、わかっていたのです。彼は何度も私に話しかけましたが、その声は、まるで水車の響のようで、私の耳は破れそうでした。私も、知っているかぎりのいろんな外国語を使って、力一ぱいの大声で、話しかけてみました。すると向うは、耳をすぐ私のそばに持って来て、聞いてくれるのですが、駄目でした。私たちの言い合っている言葉は、お互に意味が通じないのでした。
召使たちはまた麦刈に取りかゝりましたが、主人はポケットから、ハンカチを取り出し、二つ折りにして、左手の上にひろげ、その掌を地面の上に差し出して、この中に入って来いと、手まねで私に合図をします。その掌の厚さは一フートぐらいでしたから、私も、らくにのぼれるのです。今はとにかく主人の言うとおりにしていようと思いました。
それで、私は落っこちないように用心しながら、ハンカチの上に長くなって寝ころびました。すると、彼はハンカチの端で、私の頭のところを大切そうにくるんでしまい、そのまゝ、家に持って行きました。
家に帰ると、彼はさっそく、細君を呼んで、ハンカチの中のものを見せま
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