攻撃する、と、こんなことを言うのです。
それからまた、あなたの味方の宮内大臣レルドレザルは、こんなことを言います。殺すのは、どうもひどすぎるから、たゞ、あなたの両方の眼をつぶすことにしたらどうでしょうか、と、こんなことを陛下に申し上げたのです。すると、これには議員たちがみな反対しました。
君は叛逆者の生命を助けようとするのか、と、ボルゴラムはどなりだしました。皇后の御座所の火事を立小便で消すことのできるような男なら、いつ大水を起して宮城を水浸しにしてしまうかもわからない、それに、敵艦隊を引っ張って来たあの力では、一たん何か腹を立てゝ暴れだしたら大へんなことになる、と、ボルゴラムは死刑を説くのです。
大蔵大臣も、あんな男を養っていては、間もなく国が貧乏になってしまうと言って、死刑を主張しました。しかし、陛下はどこまでも、あなたを死刑にはしたくないお考えでした。
両方の眼をつぶしただけでは、刑が軽すぎるというのなら、食物を減して、だん/\やせ衰えさせるといゝでしょう、身体が半分以上も小さくなって死ねば、死骸から出る臭だって、そう恐ろしくはないし、骸骨だけは記念物として残しておけます、と、宮内大臣は言いました。
そんなわけで、とにかく、みんなの意見はまとまりましたが、この、あなたを餓死さす、計画は、ごく/\秘密にされているのです。
あと三日すると、あなたの味方の大臣がこゝへ訪ねて来るでしょう。そして、弾劾文を読んで聞かせ、それから、陛下のおかげで、あなたの罪は両眼を失くするだけですむことになった、と告げることになっています。陛下は、あなたがよろこんで、この刑に服すだろうと思っていられます。そこで外科医二十名が立会のうえで、あなたを地面に寝かせ、あなたの眼球に、鋭く尖った矢を、何本も射込む手筈《てはず》になっています。
私はたゞ、ありのまゝを、あなたにお知らせしたのですが、どうか、そのつもりでいてください。あまり長居をしていると、人から疑われますから、これで失礼いたします。」
そう言って、大官は帰ってゆきました。あとに残された私は、どうしたらいゝのかしらと、いろ/\悩みました。
とう/\私は逃げ出すことに決心しました。三日が来ないうちに、私は宮内大臣に手紙を送り、明日の朝ブレフスキュ島へ出発するつもりだ、と言ってやりました。もう返事など待ってはいられません。そのまゝ海岸の方へ歩いて行きました。
そこで大きな軍艦を一隻つかまえ、綱を結びつけ、錨を上げると、裸になって、着物は軍艦に積み込みました。それから、その船を引っ張って、歩いたり泳いだりしながら、ブレフスキュの港に着きました。
向うでは私の来るのを待ちかねていたところです。二人の案内者をつけて、首都まで案内してくれました。私は二人を両手に乗せて、城の近くまで行きましたが、こゝで、誰か大臣に知らせてきてくれ、と頼みました。
しばらく待っていると、皇帝御自身が私を出迎えになるということでした。私は百ヤードばかり歩いて行きました。皇帝とその従者たちは、馬からおりられました。皇后は馬車からおりられました。みんな、少しも私を怖がっている様子はありません。私は地面に横になって、陛下の手にキスしました。それから、いつかの約束どおり、リリパット皇帝の許しを得て、今このとおりブレフスキュ大帝にお目にかゝりに来ました、私の力でできることなら何でもいたします、と、私はこう申し上げました。
私がブレフスキュ島へ来てから三日目のことでした。
島の北東の岸をぶら/\歩いて行ってみると、沖の方にボートのような物のひっくりかえっているのが見えます。さっそく、靴を脱いで、二三百ヤード海の中を歩いて行ってみると、その物は潮に乗って、だん/\近づいて来るように見えます。よく見ると、ほんとのボートです。たぶん、これは嵐にあって本船から流されたのでしょう。
私はすぐ首府へ引っ返して、皇帝にお願いして、二十隻の軍艦と三千人の水兵を借りてきました。それから私は海に入って、ボートのところへ泳いで行きました。水兵たちが軍艦から綱の端を投げてくれたので、それをボートの穴に結びつけ、もう一方の端は、軍艦に結びつけました。さらに私は泳ぎながらいろ/\骨を折って、九隻の軍艦にボートの綱を結びつけました。ちょうど風向きもよかったので、私はボートを押し、水兵は引っ張り、こうして、とう/\海岸に来ました。
それから十日ばかりかゝって、オールをこしらえ、それでやっと、ブレフスキュの港へ、ボートを漕いで入ったわけです。私が港へ着くと、大へんな人出で、なにしろ、あんまり大きな船なので、すっかり仰天していました。私は皇帝に向い、
「天の祐《たすけ》で、ボートが手に入りました。これに乗って行けば、私の故国へ帰れるところまで行けるでしょう。つきましては、出発の許可をいたゞいて、いろ/\準備することをお許しください。」
とお願いしました。
皇帝は思いとゞまってはどうかと言われましたが、ついに喜んで許してくださいました。
さて、リリパット国では、私がブレフスキュ国皇帝のところへ行ったのは、それはただ、前の約束をはたすために行ったので、二三日すれば帰って来るだろう、と思っていました。ところが、いつまでたっても、私が戻らないので、とう/\やきもきして、大臣一同が会議を開きました。その相談のあげく、一人の使者が、リリパット皇帝の手紙を持って、ブレフスキュ皇帝に会いにやって来ました。その手紙は、私の手足をしばって、リリパットへ送り返してくれというのでした。
その返事はこうでした。私をしばって送り返すことなど、とてもできないことは、すでにリリパット皇帝も知られるとおりだし、それに間もなく、私はブレフスキュ国を去ることになっているので、御安心ください、というのでした。
とにかく、私はなるべく早く出発しようと思いました。宮廷の方でも一日も早く行ってもらいたいのでいろ/\手助けをしてくれます。五百人の職人がかゝって、ボートにつける二枚の帆をこしらえました。私の指図にしたがい、一番丈夫な布を、十三枚重ねて縫い合わせました。私は一番丈夫な太い綱を、十本、二十本、三十本と、一生懸命に、ない合わせました。それから海岸を探しまわって、錨の代りになりそうな、大きな石を見つけました。ボートに塗ったり、そのほかいろんなことに使うため、三百頭の牛の脂をもらいました。何より骨の折れたのは、オールとマストにするため、大きな木を伐り倒すことでした。しかし、これは陛下の船大工が手伝ってくれて、私がたゞ粗けずりすれば、あとは大工が綺麗に仕上げてくれました。
一月もすると、準備はすっかり出来上りました。私はいよ/\出発の許可の御命令がいたゞきたい、と陛下に願いました。陛下は皇族たちと一しょに宮殿から、わざ/\出て来られました。私は皇帝の手にキスしようとして、うつ伏せに寝ました。
陛下は快く手を貸してくださいます。皇后も、皇子たちも、みな手にキスを許してくださいました。それから、皇帝は二百スプラグ入りの金袋を五十箇と、陛下の肖像画を私にくださいました。肖像画の方は、いたまないように、すぐ片一方の手袋の中にしまっておきました。
私はボートの中に、牛百頭、羊三百頭の肉と、それに相当するパンと飲物を積み込みました。それから四百人のコックの手でとゝのえてくれた肉なども積み込みました。それから、生きた牝牛六頭と牡牛を二頭、それから牝羊六頭と牡羊二頭を、これらは国へ持って帰って、飼ってみようと思いました。船の中で食べさせるために、乾草を一袋と麦を一袋、用意しました。
私はこの国の人間も、十人ばかり、つれて行きたかったのですが、これはどうしても、陛下がお許しになりません。それどころか、私のポケットをすっかり調べられ、たとえ志願する者があっても、人民は決してつれて行かないと誓わされました。
そんなふうに、できるかぎりの準備をとゝのえ、いよ/\、一七○一年九月二十日の朝六時、私は出帆しました。風は南東だったので、北へ向けて四リーグばかり行くと、ちょうど午後六時頃、小さな島の影が見えてきました。ぐん/\進んで行って、その島のそばで、ボートの錨をおろしました。こゝは誰も住んでいない無人島らしいのです。私は軽い食事をすませ、ぐっすり眠りました。六時間も眠った頃、目がさめ、それから二時間ばかりすると、夜が明けました。日の出前に朝飯をすまし、錨を上げて、風向もよかったので、羅針盤をたよりに、昨日と同じ進路をつゞけて行きました。私の考えでは、ヴァン・ディーメンズ・ランドの北東にある群島の、どれか一つに、たどりつこうと思っていたのです。だが、その日はついに何も見えませんでした。
翌日、午後三時頃、ブレフスキュから二十四リーグばかりも来たかと思える海上で、一隻の帆船を見つけました。船は南西に向って進んでいます。私は大声で呼んでみましたが、返事してくれません。しかしちょうど、風が凪《な》いだので、私の船はだん/\向うへ近づいて行くのでした。私はありったけの帆を張りました。半時間もすると、向うの船でも気がついて、合図に旗を出し鉄砲を打ちました。
私はもう一度、故国が見られ、あの懐しい人たちとも会えるのかと思うと、うれしさがこみあげてきました。船は帆をゆるめました。それで私はその船に追いつきました。その時刻は九月二十六日の夕方の五時か六時頃でした。私はイギリスの国旗を見ただけで、胸がワク/\しました。牛と羊を上衣のポケットに入れると、私は食料の小さな荷物を抱えて、向うの船に乗り移りました。
この船はイギリスの商船で、北海、南海を通って、日本から帰る途中でした。船長のジョン・ビデルはデットフォッド生れで、大へん親切な男でした。乗組員は五十人ばかりいましたが、そのなかに私の以前の仲間のウィリアムがいたのです。このウィリアムが私のことを船長に大へんよく言ってくれました。
船長は私をよくもてなしてくれました。一たい、どこから来て、どこへ行くつもりだったか、話してくれと言うので、私は今までのことをごく簡単に話しました。だが、船長は、私の頭がどうかしている、と思ったようです。いろんな危険に会ったので、気が変になったと思って、ほんとにしてくれません。そこで私はポケットから黒い牛や羊を出して見せてやりました。これには船長も非常に驚いて、私の言うことが嘘でないと納得したようです。それから私は、ブレフスキュ皇帝からもらった金貨や肖像画や、その他いろ/\珍しい品を取り出して見せました。私は二百スプラグ入りの金袋を船長にやりました。
船は無事におだやかに進み、一七〇二年四月十日、私たちはダウンスに着きました。ただ、途中でちょっと不幸な事件が起きました。それは船にいる鼠どもが、私の羊を一頭、引いて行ってしまったことです。きれいに肉をむしりとられた羊の骨は、穴の中で見つかりました。
残りの家畜はみんな無事にイギリスへ持って戻りました。私はそれをグリニッジの球場の芝生に放してやりました。こゝの草でも食べるかしら、と心配でしたが、放してみると、家畜たちは、こゝの草が綺麗なので、喜んで食べるのでした。
私が長い航海の間、この家畜を無事に飼ったのは、全く船長のおかげでした。私は船長から特別製のビスケットを分けてもらい、それを粉にして水でこねて、家畜に食べさせていたのです。イギリスにしばらく滞在している間に、私はこの家畜を見世物にして、かなりお金をもうけました。が、また、私は航海に出ることになって、六百ポンドで売り払いました。
私が妻子と一しょに暮したのは、たった二ヵ月でした。もっと/\外国を見たいという気持がうず/\して、どうしても、私は家にじっとしていられなくなりました。そこで、私は商船『アドベンチュア号』乗組員になりました。この航海の話は、次の『大人国』を読んでください。
[#改丁]
第二、大人国(ブロブディンナグ)
1 つまみ上げられた私
私はイギリスに戻っ
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