ェいゝと思う。」
これには賛成したものも大分ありましたが、私の主人は反対の意見をのべました。
「二匹のヤーフが山に現れたという伝説は、こんなふうに考えられる。あれは、確かに海を越えて、向うからやって来たもので、二匹は上陸すると、そのまゝ山の中へ逃げ込んだものらしい。それから時のたつとともに、だん/\野蛮になって、とう/\、あんなふうな動物になってしまったのだと思われる。その証拠には、私は不思議なヤーフを一匹持っている。」
こういって、主人は、私を見つけたときのこと、洋服を着ていること、この国の言葉をおぼえてしまったこと、この国へ来るまでのことを自分で話して聞かせたことなど、いろいろ説明しました。
「こんなふうな、おとなしいヤーフもいるのだから、ヤーフをみな殺しにするのは可哀そうだ。それより、ヤーフの子供をふやさないようにして、驢馬の子をうんとふやすようにしたらいゝと思う。」
と私の主人はこう演説したのでした。
私はこの会議のことを主人から聞かされて、なんだか心配になりました。ヤーフをどうすることに決まったのか、それはまだ、はっきり聞かせてもらえなかったのです。
ある朝、主人から迎えの使が来ました。行ってみると、主人は、どうも何から話し出したらいゝのか、困っている様子でした。が、やっと口を開いて言いました。
それによると、今度の会議で、私はこの国から出て行ってほしい、ということに決まったのです。
ヤーフを家に置いて、フウイヌム並みに扱っているとは実にけしからん、と主人は代表者たちから苦情を言われました。普通のヤーフのように働かすか、それとも、泳いで国へ帰らすか、どちらかにせよ、と言われるのです。だが、私を普通のヤーフの仲間に入れたら、ヤーフたちをそゝのかして、夜になると家畜をおそったり、どんな危険なことをやりだすかわからない、というので、やはり泳いで国へ帰らせた方がいゝと決まりました。主人は私に同情して、
「私はむろん一生でも喜んでお前を置いてやりたかったのだが、どうも仕方がない。泳いで帰るといっても、まさかお前の国まで泳げもすまい。だから、いつかお前の話した、海を渡る容れものをひとつ作ってみてはどうか。それなら私の召使や近所の召使にも手伝わせてやる。」
私は主人にこう言いわたされると、悲しくなって、彼の足許にふら/\と倒れました。主人は私が死んでしまったのかと思ったほどでした。しかし、とにかく気を取りなおして、船を作ることに決めました。船ができるまで、二ヵ月待ってもらうことになりました。そして、私は召使の月毛を助手に貸してもらいました。
私は月毛をつれて、あの海賊どもが私をむりやりに上陸させた海岸の方へ行ってみました。丘にのぼって、ずっと四方を見わたすと、東北の方向に島影のようなものが見えています。望遠鏡を出してのぞいてみると、確かに島です。距離は五リーグぐらいです。とにかく、この島が見つかった以上はもう大丈夫だ、後は運を天にまかせて、あの島まで流れて行こう、と私は決心しました。
それから家に帰ると、月毛と相談して、今度は森へ出かけて行きました。私は小刀で、彼はフウイヌムの斧を使って、槲《かしわ》の枝を幾本も切り落しました。それを私はいろ/\に細工しました。一番骨の折れるところは月毛が手伝ってくれて、六週間もすると、インド人の使うような独木舟《カヌー》が一|隻《せき》出来上りました。
船はヤーフの皮で張って、手製の麻糸で縫い合せました。帆もやはりヤーフの皮で作りました。兎と鳥の蒸肉、それに牛乳、水を入れた壷を二つ、それだけを船に積み込んでおきました。私はこの船を家の近くの大きな池に浮べてみて、悪いところをなおし、隙間にはヤーフの脂を詰めました。いよいよ、これで大丈夫になりました。そこで、今度は船を車に積み、ヤーフたちに引かせて、静かに海岸まで運んだのです。
準備が出来上って、出発の日がやって来ました。私は主人夫妻と家族に別れを告げました。目は涙で一ぱいになり、心は悲しみで、掻きむしられるばかりでした。だが、主人は、私が船に乗るところが見たいと言って、近所の人々を誘って一しょにやって来ました。私は潮合を一時間ばかり待っていました。風工合もよくなったので、いよ/\向うの島へ渡ろうと思い、そこで、私は改めてまた主人に別れを告げました。私がひれ伏して、彼の蹄にキスしようとすると、彼は静かにそれを私の口許まで上げてくれました。ほかのフウイヌムたちにも、ていねいに挨拶して、舟に乗り込むと、私はいよいよ岸を離れたのです。
私が岸を離れたのは、一七一四年二月十五日、朝の九時でした。主人や友人たちは、私の姿が見えなくなるまで、海岸に立って、見送ってくれていました。とき/″\、召使の月毛が、
「ヤーフ君、お大事にね。」
と、どなってくれるのが聞えました。
私はできることなら、どこか無人島を見つけたい、と思いました。そこで働きさえすれば、生きてゆける小さな島があったら、私は、ひとりで静かに暮したいのです。私はヨーロッパのヤーフたちの社会へ帰るのは、もう考えただけでも厭でした。
その日の夕方、向うに小さな島が一つ見えてきて、私は間もなく、そこへ着きました。だが着いてみると、それは大きな岩だったのです。しかし、岩の上によじのぼってみると、東の方に陸地がずっと伸びているのが、はっきり見えました。その晩は舟の中で寝て、翌朝早く起きると、また航海をつづけました。七時間ばかりすると、ニューポランドの東南端に着きました。
私は武器を持っていないので、奥へ進むのは心配でした。海岸で貝を拾いましたが、火をたいて土人に見つかるといけないので、生のまゝ食べました。三日間は牡蠣と貝ばかり食べていましたが、近くに綺麗な小川があったので、水の方は助かりました。
四日目の朝、私は少し遠くへ出かけてみました。ふと、前方の丘の上に、二三十人の土人の姿が見えました。男も女も子供も、真裸で、火を囲んでいるのです。一人がふと私の姿を見つけて、すぐほかの者に知らせたかとおもうと、五人の男がこちらへ近づいて来ました。私はもう一目散に海岸へ逃げて帰ると、舟に跳び乗って漕ぎ出しました。
それから私は舟を北の方へ進めてみました。しばらくすると、向うに帆の影が一つ見えてきました。しかも、船はどん/\こちらへ近づいて来るのです。私はこのまゝ待っていようかしらと思いましたが、ヤーフのことを考えると、たまらなくなりました。そこで舟を漕いで一目散に逃げ出しました。そして私が朝出たあの島へまた戻って来ました。私は小川の傍の岩かげに隠れていました。
後から追って来た舟は、ボートをおろして、この島へ水汲みにやって来ました。そして水夫が上陸するとき、私の独木舟《カヌー》に気づきました。持主がどこかにいるにちがいないと、彼等はそこらじゅうを探しまわりました。武装した四人の男が、とう/\、岩かげにすくんでいる私を見つけだしたのです。革の服、毛皮の靴下、私の奇妙な服装に、彼等は驚いたようです。
「立て、お前は何者だ。」
と、水夫の一人が、ポルトガル語で尋ねました。ポルトガル語なら、私もよく知っているので、すぐ立ち上って答えてやりました。
「私はフウイヌムの国から追い出された哀れなヤーフです。だから、どうか、このまゝ、そっとしておいてください。」
ポルトガル語ができるので彼等は驚きましたが、私がまるで馬のようにいなゝいてものを言うのに噴き出してしまいました。私はもう怖くてブル/\震えていました。逃がしてください、と言いながら、独木舟の方へ行こうとすると、彼等は私を捕えて、どこの国の者で、どこから来たかなど、いろんな質問をしかけます。
彼等がものを言いだしたとき、私は犬や牛がものを言いだしたように、全く変な気持にさせられました。私が何度も逃げ出そうとするので、とう/\彼等は私をしばりあげて、ボートへ引きずりこみ、それから本船へつれて行かれました。そして私は船長室へ引っ張って行かれました。船長の名前はペドロといゝ、大へん、親切な男でした。
「どうか、あなたの身の上話を聞かせてください。食事はどんなものを召し上りますか。これからは私と同じ待遇にしてあげたいのです。」
と、こんな親切なことを言ってくれます。しかし、私は相変らず黙り込んでいました。
私は彼等の臭が厭でたまらなく、今にも倒れそうでした。しかし、彼等は私に一寝入せよと言って綺麗な部屋へ案内してくれました。私は服のまゝベッドに渡ころんでいましたが、三十分ばかりして、水夫たちの食事をしている隙に、そっと抜け出しました。こんなヤーフどもと暮すくらいなら、いっそ海へ飛び込もうと覚悟しているところを、船員の一人に見つけられました。そして、今度は船長室にとじこめられました。
「なぜあんな無謀なことをしようとしたのだ。自分は、できるだけのことをしてあげたいと思っているのに。」
と船長はしみ/″\言ってくれます。
私はごく簡単に、これまでの身の上話をしてやりました。すると、船長は夢の話でも聞いているような顔つきでした。しかし、彼はなか/\賢い男で、やがて私の話をだん/\わかってくれました。私も、もう二度と逃げ出すようなことはしないと約束しました。
航海は順調に進みました。一七一五年十一月五日、船はリスボンに着きました。十一月二十四日にイギリス船で私はリスボンを発ち、十二月五日にダウンスに着きました。
てっきり私を死んだものと思い込んでいた妻子たちは、大喜びで迎えてくれました。家に入ると、妻は私を両腕に抱いてキスしました。だが、なにしろこの数年間というものは、人間に触られたことがなかったので、一時間ばかり、私は気絶してしまいました。
[#改丁]
著者から読者へに代えて
あとがき
ガリバーは十六年と七ヵ月の間、不思議な国々を旅行して来ました。私たちも、彼のあとについて、もう一度、その珍しい国々を廻ってみましょう。
まず一番はじめに、リリパットの国へ来てみると、どうでしょう。うっかり歩けば、足の下に踏みつぶしてしまいそうな小人がうじょうじょしているではありませんか。小人なんか何でもないと侮《あなど》ると大間違いです。ガリバーはあべこべに小人の王様の家来にされてしまいます。それから、ハンカチの上で騎兵を走らせたり、軍隊を股《また》の下に行進させたりします。こんな話なら、もう誰でも一度は絵本で見たり、人から聞かされて知っているはずです。私も子供のときリリパットの国の話を聞いて、縁側で蟻《あり》の行列を眺めていたら、自分がガリバーになったような気がしたものです。しかし、小人の国にも戦争があったり、政争があったりして、ガリバーはとうとうこの国を逃げ出してしまいます。
それから、その次にブロブディンナグ国へ来てみると、ガリバーはまず胆《きも》をつぶします。今度はガリバーの方が小人になっているのです。いくら、ガリバーが強そうな振りをしても、自分の国の自慢をしてみても、この国の人から見れば、まるで虫けらのようなものです。だから、ガリバーは箱に入れられて、カナリヤのように可愛がられています。すると、その箱を鷲がつかんで海へ持って行きます。こうして、ガリバーは大人国ともお別れになります。
今度はガリバーは飛島へやって来ます。どうもそこには奇妙な人間ばかり住んでいるので、ガリバーはうんざりしてしまいます。それから、バルニバービ国の学士院を見物したり、幽霊の国へ行ったり、死なない人間と会ってみたりします。それからガリバーははるばる日本へまでやって来ます。東京はまだ江戸といわれていた頃のことで、長崎では踏絵があったりします。
最後にガリバーは馬の国へやって来ます。そこには人間そっくりのヤーフといういやらしい家畜がいるので、まずガリバーはそれを見てぞっとします。それからフウイヌムたちに会い、そこの言葉をおぼえ、そこの国に馴れてくるにしたがって、ガリバーはこの穏やかな理性の国がすっかり気に入ってしまいます。そ
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