ト、私はまず、ボタンをはずして上衣を脱ぎました。次には、チョッキ、それから順々に、靴、靴下、ズボンと脱いでゆきました。
主人はさも不思議そうに眺めていましたが、やがて私の洋服を一枚ずつ拾い上げて、よく検査していました。それから、今度は私の身体をやさしくなでたり、私のまわりをぐるぐる歩きまわって眺めていました。そしてこう言いました。
「やはりヤーフだ。ヤーフにちがいない。だが、それにしても皮膚の軟かさ、白さ、それから身体にあまり毛のないこと、四足の爪の形が短いこと、いつも二本足だけで歩くことなんか、他のヤーフどもとは、だいぶ変っているようだな。」
そこで、私も彼にこう言ってやりました。
「一つどうも面白くないことがあるのですが、それはしきりに私をヤーフ、ヤーフと呼ばれていることなのです。なにしろ、あんな厭な動物たらないのですから、私だってヤーフは大嫌いなのです。どうか、これからはヤーフと呼ばれるのだけはよしてください。それから、この洋服のことは、あなたにだけ打ち明けましたが、まだほかの人には、どうか秘密にしておいてください。」
すると、主人は私の願いを、快く承知してくれました。それで、この洋服の秘密はうまく守られました。
ある日、私は主人に身の上話をして聞かせました。
「私は遠い/\国からやって来たのです。はじめ私のほかに五十人ばかりの仲間が一しょでした。この家よりも、もっと大きい、木で作った容れものに乗って、海を渡って来たのです。」
私は船のことをうまく口で説明し、それが風で動くことも、ハンカチを出して説明しました。すると、主人はこう尋ねました。
「そうすると、誰が一たいその船を作るのだ。また、フウイヌムたちは、よくその船をヤーフなんかにまかせておけるだろうか。」
フウイヌムというのはこの国の言葉で、馬のことでした。私は彼にこう言いました。
「実はこれ以上、お話しするには、ぜひその前に、決して怒らないということを約束してください。」
彼は承知しました。そこで私は話しました。
「実は船を作るのは、みんな私と同じような動物がするのです。それは私の国だけでなく、今まで私はずいぶん旅行しましたが、どこの国へ行ってみても、私と同じ動物が一番偉いのです。ところが、私はこの国へ来てみて、フウイヌムが一番偉いので、非常に驚きました。」
私がこう言うと、彼はびっくりして、こう尋ねます。
「お前の国では、ヤーフが一番偉いのか。そんな馬鹿なことがあってたまるか。それでは、お前の国にはフウイヌムはいないのか。いるとすれば、何をしているのか、それを言ってみ給え。」
私は答えました。
「フウイヌムならずいぶんたくさんいます。夏は野原で草を食べているし、冬になると家の中で飼われて、乾草やからす[#「からす」に傍点]麦をもらっています。そして、召使のヤーフが、身体を磨いたり、たてがみ[#「たてがみ」に傍点]をといてやったり、食物をやったり、寝床をこしらえてやったりするのです。」
「なるほど、それでは、お前の国では、やっぱしフウイヌムが主人で、ヤーフは召使なのだな。」
と主人はうなずきます。
「いや、実はフウイヌムの話をこれ以上お聞かせすると、きっと、あなたは怒られるでしょう。だからもう、この話はよしましょう。」
と私は言いました。しかし、彼はとにかく、ほんとのことが聞きたいのだ、と承知しません。そこでまた私は話しました。
「私の国ではフウイヌムのことを馬と呼んでいますが、それは立派な美しい動物です。力もあり、速く走ります。だから貴人に飼われて、旅行や競馬や馬車を引く仕事をしているときは、ずいぶん大切にされます。しかし、病気にかゝったり、びっこ[#「びっこ」に傍点]になると、今度は他所《よそ》へ売られて、いろんな苦しい仕事に追い使われます。それに死ねば死ぬで、皮をはがれて、いゝ値段で売られ、肉は犬なんかの餌にされます。そのほか、百姓や馬車屋に飼われて、一生ひどくこき使われ、ろくな食物ももらえない馬もいます。」
それから、私は馬の乗り方や、手綱や、鞍、拍車、鞭などのことを、できるだけわかるように説明してやりました。主人はちょっと、腹を立てたような顔を見せましたが、また、こう言いだしました。
「それにしても、お前らがよくもフウイヌムの背中へ乗れるものだ。この家のどんな弱い召使だって、一番強いヤーフを振り落すくらいわけないし、ヤーフ一匹押しつぶすことなど誰にもできるのだ。」
「私の国の馬はもう三つ四つの頃から、訓練されます。どうしてもいけない奴は、荷馬車引きに使われます。もし悪い癖でもあれば、子馬のうちにひどくひっぱたかれるのです。」
こう言っても、主人はまだ私の話がよくわからないようでした。そしてこう言います。
「この国では、動物という動物は、みんなヤーフを毛嫌いしている。弱い者はよけて通り、強い者は追っ払ってしまう有様だ。してみると、仮にお前たち人間が理性を持っているとしても、あらゆる動物から嫌われているのをどうするのだろうか。どうして彼等を馴らして使うことなどできるのか、そこのところがわからない。」
しかし、彼はもうその話はそれで打ち切りました。それから、今度は、私の経歴や生国のことや、この国へ来るまでに出会った、いろんなことを話して聞かせてくれと言うのです。そこで私は言いました。
「それはもう、何なりとお話しいたしましょう。たゞ、心配なのは、とても説明できないような、あなたなどは考えたこともないようなことが、多少あるのではないかと思います。
まず、私の生れはイギリスという島国です。この島はこゝからずいぶん離れています。あなたの召使の一番強いものが歩いて行っても、太陽が一年かゝって一周するだけかゝるでしょう。私は一つ金もうけをして、それで帰ったら家族を養おうと思って国を出たのです。
今度のこの航海では、私が船長になって、五十人ばかりのヤーフを使っていました。ところが、これが海でだいぶ死んでしまったので、別のヤーフをやとい入れました。ところが、新しくやとい入れたヤーフは、海賊だったのです。」
こんなふうに私は話してゆきましたが、主人は海賊などというものが、てんでわからないのでした。そしてこう尋ねます。
「一たい、何のために、何の必要があって、人間はそんな悪いことをするのか。」
そこで、私はいろ/\骨折って、人間の悪徳を説明してやりましたが、彼はまるで、一度も見も聞きもしなかったことを聞かされたように、驚いて憤るのでした。
私と主人とは、それから後も何度も会って、いろんな話をしました。私はヨーロッパのことについて、商業のこと、工業のこと、学術のことなど、知っていることを全部話してやりました。しかし、この国には権力、政府、戦争、法律、刑罰などという言葉がまるでないのです。ですから、こんなことを説明するには、私は大へん弱りました。あるとき、私はこんなことを主人に話しました。
「今、イギリスとフランスは戦争をしているのです。これはとても長い戦争で、この戦争が終るまでには、百万人のヤーフが殺されるでしょう。」
すると主人は、一たい国と国とが戦争をするのは、どういう原因によるのか、と尋ねました。そこで、私は次のように説明してやりました。
「戦争の原因ならたくさんありますが、主なものだけを言ってみましょう。まず、王様の野心です。王様は、自分の持っている領地や、人民だけで満足しません。いつも他人のものを欲しがるのです。第二番目の原因は政府の人たちが腐っていることです。彼等は自分で政治に失敗しておいて、それをごまかすために、わざと戦争を起すのです。
そうかとおもえば、ほんのちょっとした意見の食い違いから戦争になります。たとえば肉がパンであるのか、パンが肉であるのかといった問題、口笛を吹くのが、いゝことか悪いことか、手紙は大切にするのがよいか、それとも火にくべてしまった方がよいかとか、上衣の色には何色が一番よいか、黒か白か赤か、或はまた、上衣の仕立ては、長いのがよいか短いのがよいか、汚いのがいゝか、清潔なのがいゝか、そのほか、まあ、こんな馬鹿馬鹿しい争いから、何百万という人間が殺されるのです。しかも、この意見の違いから起る戦争ほど気狂じみてむごたらしいものはありません。
ときには、二人の王様が、よその国の領土を欲しがって、戦争をはじめる場合もあります。またときには、ある王様が、よその国の王から攻められはすまいかと、取越苦労をして、かえってこちらから戦争をはじめることもあります。相手が強すぎて戦争になることもあれば、相手が弱すぎてなることもあります。また、人民が餓えたり病気して国が衰えて乱れている場合には、その国を攻めて行って戦争してもいゝことになっています。
そこで、軍人という商売が一番立派な商売だとされています。つまり、これは何の罪もない連中を、できるだけたくさん、平気で殺すために、やとわれているヤーフなのです。」
すると主人は、私の話を開いて、こう言いました。
「なるほど、戦争について、お前の言うことを聞いてみると、お前がいう、その理性の働きというものもよくわかる。だが、それにしても、お前たちのその恥かしい行いは、実際には危険が少い方だろう。お前たちの口は顔に平たくくっついているから、いくら両方が噛み合ってみても、大した傷にはならないし、足の爪も短くて軟かいから、まあこの国のヤーフ一匹で、お前の国のヤーフ十匹ぐらいは追っ払うことができるだろう。だから、戦場で仆《たお》れたという死者の数だって、お前は大げさなことを言っているだけだろう。」
主人がこんな無智なことを言うので、私は思わず首を振って笑いました。私は軍事について少しは知っていましたので、大砲とか、小銃とか、弾丸、火薬、剣、軍艦、それから、攻撃、砲撃、追撃、破壊など、そういう事柄をいろ/\説明してやりました。
「私はわが国の軍隊が、百人からの敵を囲んで、これを一ペんに木っ葉みじんに吹き飛ばしてしまうところも、見たことがあります。また、数百人の人が、船と一しょに吹き上げられるのも見ました。雲の間から死体がバラ/\降って来るのを見て、多くの人は万歳と叫んでいました。」
こんなふうに私はもっと/\しゃべろうとしていると、主人がいきなり、
「黙れ。」
と言いました。
「なるほど、ヤーフのことなら、今お前が言ったような、そんな忌まわしいこともやりそうだ。ヤーフの智恵と力が、その悪心と一しょになれば、できることだろう。」
主人は私の話を聞いて、非常に心が乱され、そして、私の種族を前よりもっと/\嫌うのでした。
私は今度は金銭の話をしてやりました。これも、主人には私の言う意味がなか/\、のみこめないようでした。私は言いました。
「ヤーフというものは、このお金をたくさん貯めていさえすれば、綺麗な着物、立派な家、おいしい肉や飲物、そのほか、何でも欲しいものが買えるのです。そして、ヤーフの国では、何もかも、お金次第なのですから、ヤーフどもは、いくら使っても使い足ったとか、いくら貯めてももうこれでいゝと思うことはありません。お金のためには、ヤーフどもは絶えず互に相手を傷つけ合うことを繰り返します。お金持は貧乏人を働かせて、らくな暮しをしていますが、その数は貧乏人の千分の一ぐらいしかいません。多くのヤーフは毎日々々、安い賃銀で働いて、みじめな暮しをつゞけています。」
と、こんなふうに私は話してやりました。それから、ヤーフの国の政治とか法律のことも、主人にいろ/\説明して聞かせました。
3 楽しい家庭
ある朝、迎えの使いが、私のところへやって来ました。行ってみると、主人が、
「まあ、そこに坐れ。」
と言います。
「これまで、お前から聞いた話は、その後、まじめに考えてみたが、どうも、お前たちは、どういう風の吹きまわしか、たま/\爪のあかほどの理性を持っている一種の動物らしい。ところが、お前たちはせっかく、自然が与えてくれた立派な力は、捨てゝ見向きもしようと
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