ャ奉行は、この手紙のことを聞いて、すっかり、私を大切にしてくれました。馬車やお附きをつけて、私をエド(江戸)まで送りとゞけてくれました。
私はエドで、皇帝にお目にかゝると、手紙を渡しました。すると、この手紙はひどくおごそかな作法で開封され、それを通訳が皇帝に説明しました。やがて、通訳が私に向って、こう言いました。
「陛下は、何でもいゝから、その方に願いの筋があったら申し上げよと言っておられる。陛下の兄君にあたるラグナグ国王のために、聞きとゞけてつかわそうとのことだ。」
この通訳は私の顔を見ると、すぐヨーロッパ人だと思って、オランダ語で話しました。そこで、私は、
「私は遠い/\世界の果で難船したオランダの商人ですが、それからとにかく、どうにかラグナグ国までやって来ました。それからさらに船に乗って、今この日本にやって来たところです。つまり、日本とオランダとは貿易をしていることを知っていたので、その便をかりて私はヨーロッパへ帰りたいと思っているのです。そんな次第ですから、どうか、ナンガサク(長崎)まで無事に送りとゞけていたゞきたいのです。」
と答えてやりました。それから私はつけ加えて、
「それから、もう一つお願いがございます。どうか、あの十字架踏みの儀式だけは、私にはかんべんしていたゞきたいのです。私は貿易のため日本へ来たのではなく、たゞ、たまたま災難からこの国へたどりついたのですから。」
と、お願いしました。
ところが、これを陛下に通訳が申し上げると、陛下はちょっと驚いた様子でした。それから、こう言われました。
「オランダ人で踏絵をしたがらないのは、その方がはじめてなのだ。してみると、その方はほんとうにオランダ人かどうか怪しくなってくる。これはどうもほんとうのクリスト信者ではないかと思えるのだがなあ。」
しかし、とにかく、私の願いは許されることになりました。役人たちは、私が踏絵をしなくても、黙って知らない顔をしているように命令されました。
ちょうどそのとき、ナンガサクまで行く一隊があったので、その指揮官に、私を無事にナンガサクまでつれて行くよう、命令されました。
一七〇九年六月九日、長い旅のあげく、ようやくナンガサクに着きました。私はすぐそこで、『アンポニア号』という船の、オランダ人の水夫たちと知り合いになりました。前に私はオランダに長らくいたことがあるので、オランダ語はらくに話せます。私は船長に、船賃はいくらでも出すから、オランダまで乗せて行ってほしいと頼みました。船長は、私が医者の心得があるのを知ると、では途中、船医の仕事をしてくれるなら、船賃は半分でいゝと言いました。
船に乗る前には、踏絵の儀式をしなければならないのでしたが、役人たちは、私だけ見のがしてくれました。
さて、今度の航海では別に変ったことも起りませんでした。四月十日に船は無事アムステルダムに着きました。私はこゝから、さらに小さい船に乗って、イギリスに向いました。
一七一○年四月十六日、船はダウンズに入港しました。私は翌朝上陸して、久し振りに祖国の姿を見たわけです。それからすぐレドリックに向って出発し、その日の午後、家に着き、妻子たちの元気な顔を見ることができました。
[#改丁]
第四、馬の国(フウイヌム)
1 馬の主人
私は家に戻ると五ヵ月間は、妻や子供たちと一しょに楽しく暮していました。が、再び航海に出ることになりました。今度は私に『アドベンチュア号』の船長になってくれというので、すぐ私は承知しました。
一七一〇年九月七日に私の船はプリマスを出帆しました。ところが、熱い海を渡ってゆくうちに、船員たちが熱病にかゝってたくさん死んでしまいました。そこで、私はある島へ寄って、新しく代りの船員をやとい入れました。ところが、今度やとい入れた船員たちは、みんな海賊だったのです。この悪漢どもは、ほかの船員たちを引き入れ、みんなして船を横取りして、船長の私をとじこめてしまおうと、こっそり計画していたのです。
ある朝のことでした。いきなり彼等は、なだれをうって、私の船室に飛び込んで来ると、私の手足をしばりあげて、騒ぐと海へほうりこむぞ、と脅しつけます。私は、もうこうなっては、お前たちの言うとおりになる、と降参しました。
そこで、彼等は私の手足の綱を解いてくれました。それでも、まだ片足だけは鎖でベッドにしばりつけて、しかも、戸口には弾丸をこめた鉄砲を持って、ちゃんと番兵が立っていました。食物だけは上から持って来てくれましたが、もう私は船長ではなく、今ではこの船は海賊のものでした。船はどこをどう進んでいるのか、私にはまるでわかりませんでした。
一七一一年五月九日、一人の男が私の船室へやって来て、船長の命令により、お前を上陸させる、と言って私をつれ出しました。それから彼等はむりやりに私をボートに乗せてしまいました。一リーグばかり漕いで行くと、私を浅瀬におろしました。
「一たいこゝはどこの国なのか、それだけは教えてください。」
と私は頼みました。しかし、彼等もそこがどこなのか全然知らないのでした。
「満潮にさらわれるといけないから早く行け。」
と言いながら、彼等はボートを漕いで行きました。
こうして、私はたった一人で取り残されました。仕方なしに、歩いて行くと、間もなく陸に着きました。そこで、しばらく堤に腰をおろして休みながら、どうしたらいゝものか考えました。少し元気を取り戻したので、また奥の方へ歩きだしました。私は誰か蛮人にでも出会ったら、さっそく、腕環《うでわ》やガラス環などをやって、生命だけは助けてもらおうと思っていました。
あたりを見わたすと、並木がいくすじもあって、草がぼう/\と生え、ところ/″\にからす[#「からす」に傍点]麦の畑があります。私はもしか蛮人に不意打ちに毒矢でも射かけられたら大へんだと思ったので、あたりに充分眼をくばりながら歩きました。やがて、道らしいところに出てみると、人の足跡や牛の足跡や、それからたくさんの馬の足跡がついていました。
ふと、私は畑の中に、何か五六匹の動物がいるのを見つけました。気がつくと、木の上にも一二匹いるのです。それはなんともいえない、いやらしい恰好なので、私はちょっと驚きました。そこで、私は叢《くさむら》の方へ身をかゞめて、しばらく様子をうかゞっていました。
そのうちに、彼等の二三匹が近くへやって来たので、私ははっきり、その姿を見ることができました。この猿のような動物は、頭と胸に濃い毛がモジャ/\生えています。背中から足の方も毛が生えていますが、そのほかは毛がないので、黄褐色の肌がむき出しになっています。それに、この動物は尻尾を持っていません。それから、前足にも後足にも、長い丈夫な爪が生えていて、爪の先は鈎形《かぎがた》に尖っています。彼等は高い木にも、まるでりす[#「りす」に傍点]のように身軽によじのぼります。それからとき/″\、軽く跳んだり、はねたりします。
私もずいぶん旅行はしましたが、まだ、これほど不快な、いやらしい動物は、見たことがありません。見ていると、なんだか胸がムカ/\してきました。
私は叢から立ち上って、路を歩いて行きました。この路を行けば、いずれどこかインド人の小屋へでも来るかと思っていました。だが、しばらく行くと、私はさっきの動物が真正面から、こちらへ向ってやって来るのに出くわしました。このみにくい動物は、私の姿を見ると、顔をさま/″\にゆがめていました。と思うと、今度はまるではじめての物を見るように、目を見張ります。そして、いきなり近づいて来ると、何のつもりか、片方の前足を振り上げました。
私は短剣を抜くと、一つなぐりつけてやりました。が、実は刃の方では打たなかったのです。というのは、私がこの家畜を傷つけたということが、あとで住民たちにわかると、うるさいからです。
私になぐりつけられて、相手は思わず尻込みしましたが、同時に途方もない唸り声をあげました。すると、たちまち隣りの畑から、四十匹ばかりの仲間が、もの凄い顔をして吠えつゞけながら集って来ました。私は、一本の木の幹に駈け寄り、幹を後楯にして、短剣を振りまわしながら彼等を防ぎました。すると、二三匹の奴等がヒラリと木の上に躍り上ると、そこから私の頭の上に、ジャー/\と汚いものをやりだします。私は幹にピッタリ身を寄せて、うまく除けていましたが、あたり一めんに落ちて来る汚いものゝために、まるで息がふさがりそうでした。
こんなふうに困っている最中、私は急に彼等がちり/″\になって逃げて行くのを見ました。どうしてあんなに驚いて逃げ出すのか、不思議に思いながら、私も木から離れ、もとの道を歩きだしました。
そのとき、ふと左の方を見ると、馬が一匹、畑の中をゆっくり歩いて来るのです。さっきの動物どもは、この馬の姿を見て逃げ出したのでした。
馬は私を見ると、はじめちょっと驚いた様子でしたが、すぐ落ち着いた顔つきに返って、いかにも不思議そうに私の顔を眺めだしました。それから私のまわりを五六回ぐる/\廻って、私の手や足をしきりに見ています。
私が歩きだそうとすると、馬は私の前に立ちふさがりました。しかし、馬はおとなしい顔つきで、ちょっとも手荒なことをしそうな様子はありません。しばらく私たちは、お互に相手をじっと見合っていました。とう/\私は思いきって片手を伸しました。そして、この馬を馴らすつもりで、口笛を吹きながら首のあたりをなでてやりました。
ところが、この馬は、そんなことはしてもらいたくないというような顔つきで、首を振り眉をしかめ、静かに右の前足を上げて、私の手を払いのけました。それから、馬は二三度いなゝきましたが、なんだかそれは独言でも言っているような、変ったいなゝき方でした。
すると、そこへもう一匹、馬がやって来ました。この馬はなにかひどく偉そうな様子で、前の馬に話しかけました。それから、二匹とも、静かに右足の蹄《ひづめ》を打ち合せると、代る/″\五六度いなゝきました。だが、そのいなゝき方は、これはどうも、普通の馬の声ではないようです。それから、彼等は私から五六歩離れたところを、二匹が並んで行ったり来たりします。それは、ちょうど、人間が何か大切な相談をするときの様子とよく似ています。そして、彼等はとき/″\私の方を振り向いて、私が逃げ出しはしないかと、見張っているようでした。
私は動物がこんな賢い様子をしているのを見て、大へん驚きました。馬でさえこんなに賢いのならこの国の人間はどんなでしょう。たぶんこゝには、世界中で一番賢い人たちが住んでいるのでしょう。そう思うと、私は早く家か村でも見つけて、誰かこの国の人間に会ってみたくなりました。それで、私は勝手に歩いて行こうとしました。
そのとき、はじめの馬が、私の後から、「ちょっと待て」というようにいなゝきました。なんだか私は呼びとめられたような気がしたので、思わず引き返しました。そして、彼のそばへのこ/\近づいて行きました。一たい、これはどうなるのか、実はそろ/\心配でしたが、私は平気そうな顔つきでいました。
二匹の馬は、一匹は青毛で、もう一匹は栗毛でしたが、彼等は私の顔と両手をしきりに見ていました。そのうちに、青毛の馬が前足の蹄で、私の帽子をグル/\なでまわしました。帽子がすっかりゆがんだので、私は一度脱いで、かむりなおしました。これを見て、彼等はひどくびっくりしたようでした。今度は栗毛の馬が私の上衣に触ってみました。そして何か不思議そうに驚いています。それから彼は私の右手をなで、ひどく感心している様子でしたが、蹄《ひづめ》に挟《はさ》まれて手が痛くなったので、私は思わず大声をたてました。そうすると、彼等は用心しながら、そっと、触ってくれるようになりました。彼等は、私の靴と靴下が、いかにも不思議でならないらしく、何度も触っては互にいなゝき合いました。そして、しきりに何か考え込むような顔つきをしていました。
こんな
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