オれないからです。
ところで、私はこの国の人々に案内されて、階段を上り、島の上の宮殿へつれて行かれたのですが、そのとき、私は、みんなが何をしているのか、さっぱり、わかりませんでした。階段を上って行く途中でも、彼等は考えごとに熱中し、ぼんやりしてしまうのです。そのたびに、叩き役が、彼等をつゝいて、気をはっきりさせてやりました。
私たちは宮殿に入って、国王の間に通されました。見ると、国王陛下の左右には、高位の人たちが、ずらりと並んでいます。王の前にはテーブルが一つあって、その上には、地球儀や、そのほか、種々さま/″\の数学の器械が一ぱい並べてあります。なにしろ今、大勢の人がどか/\と入ったので、騒がしかったはずですが、陛下は一向、私たちが来たことに気がつかれません。陛下は今、ある問題を一心に考えておられる最中なのです。私たちは、陛下がその問題をお解きになるまで、一時間ぐらい待っていました。
陛下の両側には、叩き棒を待った侍童が、一人ずつついています。陛下の考えごとが終ると、一人は口許を、一人は右の耳を、それ/″\軽く叩きました。
すると陛下は、まるで急に目がさめた人のように、ハッとなって、私たちの方を振り向かれました。それでやっと、私たちの来たことを気づかれたようです。陛下が、何か一言二言言われたかとおもうと、叩き棒を持った若者が、私の傍へやって来て、静かに私の耳を叩きはじめました。私は手まねで、そんなものは要らないということを伝えてやりました。
陛下はしきりに何か私に質問されているらしいのでした。で、私の方もいろんな国の言葉で答えてみました。けれども、向うの言うこともわからなければ、こちらの言うこともまるで通じません。
それから、私は陛下の命令で宮殿の一室に案内され、召使が二人、私に附き添いました。やがて、食事が運ばれてきました。そして、四人の貴族たちが、私と一しょにテーブルに着きました。食事中、私はいろんな品物を指さして、何という名前なのか、聞いてみました。すると、貴族たちは、叩き役の助けをかりて、喜んで答えてくれました。私は間もなく、パンでも、飲物でも、欲しいものは何でも言えるようになりました。
食事がすむと、貴族たちは帰りました。そして今度は、陛下の命令で来たという男が、叩き役をつれて、入って来ました。彼はペン、インキ、紙、それに、三四冊の書物を持って来て、言葉を教えに来たのだと手まねで言います。私たちは、四時間一しょに勉強しました。私はたくさんの言葉を縦に書き、それに訳を書いてゆきました。短い文章も少しおぼえました。
それにはまず先生が、召使の一人に、「何々を持って来い。」「あっちを向け。」「おじぎ。」「坐れ。」「立て。」というふうに命令をします。すると私は、その文章を書きつけるのでした。それから今度は本を開いて、日や月や星や、そのほか、いろんな平面図、立体図の名を教えてくれました。先生は、また、楽器の名前と音楽の言葉を、いろ/\教えてくれました。こんなふうにして、二三日すると、私は大たい彼等の言葉がどんなものであるか、わかってきたのです。こゝの島は『ラピュタ』といゝます。私はそれを『飛島』『浮島』などと訳しておきました。
私の服がみすぼらしいというので、私の世話人が、翌朝、洋服屋を呼んで来ました。ところが、その洋服屋のやり方が、ヨーロッパの寸法の取り方とは、まるで違うのでした。彼は定規とかコンパスで、私の身体をはかり、いろんな数学上の計算を紙の上に書きとめました。そして、服は六日目に出来上りましたが、その恰好はてんでなっていないのでした。なんでも、計算の数字を間違えたのだそうです。しかし、そんな間違いはいつもあることで、誰も気にするものはないというので、私も少し安心しました。
私は病気で五六日引きこもっていましたが、その間に、だいぶこの国の言葉を勉強しました。それで、その次に宮廷へ行ったときには、国王の言うこともわかれば、いくらか返事をすることもできました。
陛下は、この島を、北東々に進ませて、ラガード(下の大地にある、この国の首都)の上に持ってゆくよう、お命じになりました。ラガードは約九十リーグほど離れていたので、この旅行には四日半かかりました。旅行中、この島が空中を進行しているような気配はちょっとも感じられないのでした。三日目の朝、十一時頃、国王は自ら貴族、廷臣、役人どもを従えられ、それ/″\楽器の調子をとゝのえると、それから三時間、休みなしに演奏されました。騒々しくて、私はもう耳がつんぼ[#「つんぼ」に傍点]になりそうでした。
首都ラガードへ行く途中、陛下は、ところ/″\の町や村の上に、この島をとめるよう、お命じになりました。これは、それ/″\、人民の訴えごとを、お聞きになるためでした。小さい錘《おもり》のついた紐《ひも》が、この島からおろされると、下にいる人民は、それに手紙をくゝりつけます。そして、組はすぐまた吊《つ》り上げられます。ちょうど、子供が凧《たこ》の糸の端に、紙片を結びつけるようなものです。ときには、下から持って来る酒や食料が、滑車でこの島へ引き上げられることもあります。
この国の人たちは、家の作り方が非常に下手です。壁はゆがみ、どの室も直角になっていないのです。彼等は、定規や鉛筆でする紙の上の仕事は大へんもっともらしいのですが、実地にやらしてみると、この国の人間ぐらい、下手で不器用な人間はいません。彼等は数学と音楽には非常に熱心ですが、そのほかの問題になると、これくらい、ものわかりの悪い、でたらめな人間はありません。理窟を言わせれば、さっぱり筋が通らないし、むやみに反対ばかりします。彼等は頭も心も、数学と音楽しかわからないのです。
それに、この国の人たちは、いつも何か心配していて、そのために一分間も心は安らかでないのですが、他の人間から見たら、それは何でもないことを心配しているのでした。
その心配の種というのは、天に何か変ったことが起きはすまいか、ということです。たとえば、地球は絶えず太陽に向って近づいているのだから、今に吸い込まれるか、飲み込まれてしまうだろう、とか、あるいは、太陽の表面にはガスがだん/\固まってきて、今に日が射さなくなるときが来るだろう、とか、この前の彗星のときは、地球は星の尻尾になでられないで助かったが、今度、三十一年後に彗星が現れると、たぶん、われ/\はいよ/\滅ぼされるだろう、というのです。そうかとおもえば、太陽は毎日光線を出しているので、やがては、蝋燭のように溶けてなくなるだろう、そうすると、地球も月も、みんななくなってしまうだろう、などという心配でした。
彼等は朝から晩まで、こんなふうなことを考えて、ビク/\しています。夜も、よく眠れないし、この世の楽しみを味おうともしないのです。朝、人に会って、第一にする挨拶は、
「太陽の工合はどうでしょう。日の入り、日の出に、変りはございませんか。」
「今度、彗星がやって来たら、どうしたものでしょうか。なんとかして助かりたいものですなあ。」
と、こんなことを言い合うのです。それはちょうど、子供が幽霊やお化けの話が怖くて眠れないくせに聞きたがるような気持でした。
私は一月もたつと、この国の言葉がかなりうまくなりました。国王の前に出ても、質問は大がい答えることができました。陛下は、私の見た国々の法律、政治、風俗などのことは、少しも聞きたがりません。その質問といえば、数学のことばかりでした。私が申し上げる説明を、とき/″\、叩き役の助けをかりて聞かれながら、いかにも、つまんなそうな顔つきでいられます。
私は、この島のいろ/\珍しいものを見せてもらいたいと、陛下にお願いしました。さっそく、お許しが出て、私の先生が一しょに行ってくれることになりました。私はこの島のさま/″\の運動が何の原因によるものなのか、それが知りたかったのです。
この飛島は、直径約四マイル半の真円い島です。面積は、一万エーカー、島の厚さは、三百ヤードあります。島の一番底は、滑らかな石の板になっていて、その上に、鉱物の層があり、そのまた上に、土がかぶさっています。
島の中心には、直径五十ヤードばかりの裂け目が一つあります。こゝから、天文学者たちが、洞穴へおりて行きます。
その洞穴の中には、二十箇のランプが、いつもともっています。そこには、望遠鏡や、天体観測器や、そのほか、天文学の器械が備えてあります。
この島の運命をつかさどっているのは、一つの大きな磁石です。磁石の真中に、心棒があって、誰でも、ぐる/\廻すことができるようになっています。
この磁石の力によって、島は、上ったり下ったり、一つ場所から他の場所へ動いたりするのです。磁石の一方の端は、島の下の領土に対して、遠ざかる力を持ち、もう一方の端は、近寄ろうとする力を持っています。
もし近寄ろうとする力を下にすれば、島は下ってゆきます。その反対にすれば、島は上ってゆきます。斜めにすれば、島は斜めに動きます。そして、磁石を土面と水平にすれば、島は停まっています。
この磁石をあずかっているのは、天文学者たちで、彼等は王の命令で、とき/″\、磁石を動かすのです。
もし、下の都市が謀叛を起したり、税金を納めない場合には、国王は、その都市の真上に、この島を持って来ます。こうすると、下では日もあたらず雨も降らないので、住民たちは苦しんでしまいます。また場合によっては、上からどし/\大石を都市めがけて落します。こうされては、住民たちは、地下室に引っ込んでいるよりほかはありません。
だが、それでもまだ王の命令に従わないと、最後の手段を取ります。それは、この島を彼等の頭の上に落してしまうのです。こうすれば、家も人も何もかも、一ペんにつぶされてしまいます。
しかし、これはよく/\の場合で、めったにこんなことにはなりません。王もこのやり方は喜んでいません。それにもう一つ、これには困ることがあるのです。つまり、都市には高い塔や柱などが立ち並んでいるので、その上に島を落すと、島の底の石が割れるおそれがあります。もし底の石が割れたりすると、磁石の力がなくなって、たちまち島は地上に落っこちてしまうことになるのです。
2 発明屋敷
私はこの国で、別にいじめられたわけではないのです。だが、どうも、なんだか、みんなから馬鹿にされているような気がしました。この国では、王も人民も、数学と音楽のことのほかは、何一つ知ろうとしないのです。だから私なんか、どうも馬鹿にされるのでした。
ところが、私の方でも、この島の珍しいものを見物してしまうと、もう、こゝの人間たちには、あきあきしてしまいました。彼等はいつも、何か我を忘れて、ぼんやり考えごとに耽っているのです。附き合う相手として、これほど不愉快な人間はありません。で、私はいつも女や、商人や、叩き役、侍童などとばかり話をしました。ものを言って、筋の通った返答をしてくれるのは、こういう連中だけでした。
私は勉強したので、彼等の言葉はだいぶん話せるようになっていました。で、私はこうして、ほとんど相手にもしてもらえないような国に、じっとしているのが、たまらなくなったのです。一日も早く、この国を去ってしまいたいと思いました。
私は陛下にお願いして、この国から出られるようにしてもらい、二月十六日に、王と宮廷に別れを告げました。ちょうどそのとき、島は首府から二マイルばかり郊外の山の上を飛んでいましたので、私は一番下の通路から、鎖を吊り下げてもらって地上におりました。
その大陸は、飛島の国王に属していて、バルニバービといわれています。首府はラガードと呼ばれています。
私は地上におろされて、とにかく満足でした。服装は飛島のと同じだし、彼等の言葉も、私はよくわかっていたので、何の気がかりもなく、町の方へ歩いて行きました。私は飛島の人から紹介状をもらっていましたので、それを持って、ある偉い貴族の家を訪ねて行きました。すると、その貴族は、彼
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