の中の私
私は毎日、忙しく動きまわらされたので、二三週間もすると、とう/\身体の調子が変になりました。主人は私のおかげで、もうければもうけるほど、ます/\欲ばりになりました。私はまるで、食事も欲しくなくなり、骸骨のように痩せ細りました。主人はそれを見ると、これは死んでしまうにちがいない、と考え、これが生きているうちに、できるだけもうけておこう、と決心したようです。
ちょうど、彼がこんなことを考えているところへ、宮廷から一人の使者がやって来ました。王妃と女官たちのお慰みにするのだから、すぐ私をつれて来い、という命令なのです。これは、女官たちの中にもう私を見物したものがあって、私の振舞いの美しいこと、賢いことなど、いろ/\珍しい話を申し上げていたからです。
さて宮廷に私が引き出されると、王妃や女官たちは、私の物腰、態度を見て、大へん面白がりました。私はさっそくひざまずいて、王妃の御足にキスすることをお願いしました。しかし、慈深《めぐみぶか》い王妃は、手の小指を差し出されました。私はテーブルの上に置かれていたので、その小 指を両腕でかゝえて、その先にうや/\しく唇をあてました。
王妃はまず、私の国や旅行について、いろ/\質問されました。私はできるだけ簡単に、はっきりとお答えしました。それから王妃は、宮廷に来て住む気はないか、と聞かれました。そこで、私はテーブルに頭をすりつけて、
「只今は主人の奴隷でございますが、もし、お許しが出るのでしたら、私は陛下に一身を捧げてお仕えしたいと存じます。」
と答えました。
すると、王妃は主人に向って、これをいゝ値段で売ってはくれないか、とお尋ねになりました。主人の方では、私がとてもあと一月とは生きていまいと思っていたところですから、
「それでは、お譲りいたしますが、金貨一千枚頂戴いたしたいと存じます。」
と言いました。
王妃はその場で、すぐお金を渡されました。そのとき、私は王妃に次のように、お願いしました。
「これから陛下にお仕えするにつきまして、お願いしたいことがございます。それは、今日まで私のことをよく気をつけて面倒をみてくれていたグラムダルクリッチのことです。あの人もひとつ宮廷でお召し使いになり、これからもずっと私の乳母と教師にさせていただけないでしょうか。」
王妃はこの私の願いをすぐ許されました。が、父親の方もこれはわけなく承知しました。自分の娘が宮廷に召し出されることは、彼には願ってもない喜びでした。娘の方も、うれしさは包みきれないようでした。そこで旧主人は私に別れを告げ、
「よい御奉公をするのだよ。」
と言いながら出て行きました。
私は軽くおじぎしただけで、返事もしてやらなかったのです。王妃は、私のこの冷淡さに気がつかれ、どうしたのか、とお尋ねになりました。そこで、私はありのまゝを申し上げました。
「私はあの主人に畑の中で見つけ出されたのですが、そのとき、頭を打ち砕かれなかったことだけが、まあ有り難かったのです。主人は私を見世物にしたりして、さんざ大もうけしたのですから、私は主人の恩には充分報いているはずです。これまで私の送ってきた生活は、私より十倍強い動物でも、死んでしまいそうな、そんな、ひどいものでした。毎日つゞけざまの骨折りのため、私の身体は非常に弱っていました。主人はもう私が長生きしないと思ったから、陛下に売り払ったのです。
けれども今では、自然の光、世界の愛人、人民の喜び、天地の不死鳥《フェニックス》であらせられる陛下に保護されましたので、もう私は悪い扱いをされる心配もなくなりました。陛下のお顔を眺めさせていたゞくだけでも、私はもう、ひとりでに元気の湧いてくる気がいたします。」
私はざっと、こんなふうに王妃に申し上げました。王妃は私の挨拶を聞かれると、とにかく、こんな小さな動物に、こんな智恵と分別があるのを、すっかり驚かれました。そこで、王妃は掌の中に私を入れて、国王陛下の部屋のところへ、つれて行かれました。
国王陛下は、非常にいかめしく、おも/\しい顔つきの方でしたが、はじめは、私の恰好が、よくおわかりにならなかったらしく、
「いつからスプラクナクなど可愛がってるのだね。」
と、王妃にお聞きになりました。
これは私が、王妃の右手の中にうつ伏していたので、国王は、てっきり私をスプラクナク(この国の動物)だと思われたのでしょう。
ところが、王妃は非常に気のきいた、面白いことの好きな方でした。私をそっと書きもの机の上に置くと、ひとつ国王に身の上話をしてあげなさい、と仰せられるのです。私はごく簡単に話しました。そのとき、戸口までついて来て、私から目を離さなかったグラムダルクリッチが部屋の中に入って来ました。彼女は、私が彼女の父の家に来てから以来のことを、全部残らず、陛下に説明して聞かせました。
国王は、この国一番の学者で、哲学や数学にくわしい方でした。はじめ、私がまだものを言わないで、まっすぐに立って歩いているのを御覧になったとき、これは誰か器用な職人が工夫して作った、ぜんまい[#「ぜんまい」に傍点]仕掛の人形だろう、とお考えになりました。けれども、私の声を聞き、私の言うことが、一つ一つ道理に合っているのを御覧になると、さすがにびっくりされたようです。
しかし、国王は、どうして私がこの国へ来たか、それだけは、私の説明では、どうも満足されなかったようです。これはグラムダルクリッチと父親がでっちあげた作り話だろう、よい値段で売りつけるために、二人で言葉を教え込んだのだろう、というふうにお考えになりました。それで陛下は私に向って、まだ、いろ/\と質問をされました。
私はすじみちの立つ返事を申し上げました。たゞ、私の言葉には訛《なまり》があり、農家でおぼえたのですから、宮廷の上品な言い方ではなかったわけです。
この国では毎週、三人の大学者が、陛下のところに集まることになっていました。陛下は、その三人の学者を呼んで、この私を研究させられました。これは一たい何だろうかと、学者たちは、しきりに首をひねって、私の形を調べていましたが、みんな、まち/\のことを言うのでした。
これはどうも自然の正しい法則から生れたものではない、こんな身体では木によじのぼることも、地面に穴を掘ることもできないから、さぞ困るだろう、ということだけは、三人とも意見が合いました。
彼等は私の歯をよく調べてみたうえで、これは肉食動物だと言いだしました。ところが、大がいの獣は私より強いのです。野鼠でも私より敏捷でした。これでは、かたつむり[#「かたつむり」に傍点]か虫でも食べるのでなければ、生きてゆけるとは考えられないのです。ところが、いろいろやってみても、とてもそんなものは食べないということがわかりました。
学者の一人は、もしかすると、これはまだ産れない前の子供だろう、と言いだしました。だが、それには二人の学者がすぐ反対しました。これには手も足もちゃんとついている、それに髯まである、髯は虫眼鏡で見なければわからないが、とにかく、これは数年間は生きて来たものにちがいない、と二人の学者は言うのでした。
学者たちは、また首をひねって言います。これは侏儒《こびと》でもない、侏儒なら、王妃のお気に入りのこの国第一の小人でも、身の丈三十フィートはあるが、これはもっと小さいから、侏儒とも言えない、と不思議がるのでした。そんなふうにして、いろ/\議論をしたあげく、三人はとう/\、こう決めてしまいました。これはつまり、自然がいたずらして作り出したものだろう、ということになって、私のことを、『自然の戯れ』だと彼等は言うのでした。
こんなふうに学者たちが私を、『自然の戯れ』だと決めてしまったので、私はそれが、ひどく不服でした。そこで、私は国王陛下に申し上げました。
「どうか私の申し上げることも少し聞いてください。私はこう見えても、これでも故国に帰りさえすれば、私と同じような背丈の人間が、何百万人といるのです。そしてそこでは、動物も樹木も家も、みんな私の身体と同じ割合で、小さくなっています。ですから、私でも、その国でなら、充分自分で身を守ることもできるし、ちゃんと立派に生きてゆけるのです。」
私はこう言って、学者たちの見当違いを正してやったつもりなのです。しかし、彼等はたゞニヤ/\笑うばかりで、
「あんなうまいこと言うが、農夫から教え込まれたのだろう。」
と言うのでした。
しかし、陛下はさすがに賢いお方でした。それで、学者たちを帰らすと、もう一度、私の旧主人の農夫を呼びにやられました。私の旧主人がやって来ると、陛下はまず御自身で、彼にいろ/\とお尋ねになりました。それから、その旧主人と私と娘と、三人に目の前で話させて御覧になりました。そして、これは私たちの言ってることが、ほんとかもしれない、というふうにお考えになりました。
陛下は王妃に、私の面倒をよくみるように言いつけられました。また、私とグラムダルクリッチが非常に仲好しなのを御覧になって、私の世話はこの娘にやらせようと、お考えになりました。そこで彼女は宮中に便利な部屋を一つあてがわれました。そして、彼女の世話をするために、家庭教師の婦人が一人、それから、着物の世話をする女中が一人、いろんな雑用をする召使が二人、それだけが彼女に附き添うことになりました。けれども、私の世話は全部、グラムダルクリッチ一人がしてくれるのでした。
王妃は、お附きの指物師《さしものし》に言いつけて、私の寝室になるような、一つの箱を作らせになりました。これを作るには、私とグラムダルクリッチが、いろ/\意見を言ったのですが、指物師はとても器用な職人でしたから、三週間もすると、私の指図したとおりに、縦横十六フィート、高さ十二フィート、それに、窓と戸口と二つの小部屋のある、木造の室を作り上げました。それはまるで、ロンドンの寝室そっくりでした。
この寝室の天井の板は、二つの蝶番《ちょうつがい》で、開けたてできるようになっています。家具師が持って来た寝台を、その天井のところから入れました。寝台は毎日、グラムダルクリッチが取り出して日にあて、ちゃんと自分でとゝのえては、晩になると中に入れ、天井に錠をおろすのでした。
それから、小さい骨董品などをこしらえるので有名な一人の職人が、象牙みたいなもので、凭《よ》っかかりのついた椅子を二つ、引出つきのテーブルを二つ、作ってくれました。部屋は壁も床も天井も、蒲団が張りつめてありました。この寝室を提げて持ち歩くとき、中にいる私が怪我をするといけないし、また、馬車に乗せるときに、揺れるのを防ぐために、こうしてあるのです。
私は、鼠などの入って来ないように、扉に鍵をつけてほしいと言いました。鍛冶屋は、いろ/\工夫してみたうえで、これまでに類のないほど、小さな鍵を作ってくれました。イギリスにだって、紳士の家の門などには、もっと大きなのがあるはずです。私はこの鍵は自分のポケットにしまっておくことにしました。あんまり小さいので、グラムダルクリッチに持たせては、失くするかもしれないと思ったからです。
王妃は一番薄い絹地で、私の洋服を作らせてくださいました。が、これはイギリスの毛布ぐらいの厚さで、馴れるまでにはずいぶん着心地の悪い服でした。仕立はすっかりこの国の型でしたが、ペルシャ服のようなところもあれば、支那服にも似ていて、非常にきちんとしていて重々しいものでした。
王妃は私がすっかりお気に入りで、私がいないと食事も召し上らないほどになりました。私は王妃の食卓の上に、ちょうどその左肱《ひだりひじ》のあたりに、私のテーブルと椅子を置いてもらうのでした。グラムダルクリッチは、私のテーブルの近くの、床の上の腰掛の上に立って、私の面倒をみてくれるのです。
私のためには、銀の皿が一揃い、そのほかいろんな品がありましたが、これも大きさは、王妃御自身のものにくらべると、ちょうど玩具屋にある人形のお家の食器類のようなものでした。私の食器
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