驍ノ注意しておいて、ドンと一発、空に向って打ちました。
 今度の驚きは、短刀どころの騒ぎではありません。何百人の人間が打ち殺されたように、ひっくりかえりました。皇帝はさすがに倒れなかったものゝ、眼をパチ/\されています。私は短刀と同じように、このピストルを引き渡しました。それから、火薬と弾丸の入った革袋も渡しました。そして、
「この火薬は火花が一つ飛んでも、宮殿も何もかも吹き飛ばしてしまいますから、どうか火に近づけないでください。」
 と注意しておきました。
 それから、懐中時計を渡しました。皇帝はこの時計を非常に珍しがり、一番背の高い二人の兵士に、それを棒にかけて、かつがせました。絶えず時計がチクタク音を立てるのと、時計の長針が動いているのを見て、皇帝は大へん驚きました。この国の人たちは、私たちより目がいゝので、分針の動いているのまで見分けがつくのです。一たいこれは何だろう、と皇帝は学者たちにお尋ねになりましたが、学者たちの答えはまち/\で、とんでもない見当違いもありました。
 次に私は銀貨と銅貨を取り出し、それから櫛《くし》や嗅《かぎ》タバコ入れ、ハンカチ、旅行案内などを、みんな渡しました。短刀とピストルと革袋は荷車に積んで、皇帝の倉へ運ばれましたが、そのほかの品物は私に返してくれました。私は身体検査のとき、見せなかったポケットがあります。その中には眼鏡が一つ、望遠鏡が一つ、そのほか二三の品物が入っていました。これは失くされたり壊されると大へんだから、わざ/\見せなくてもよかろうと思ったのです。

     3 いろ/\な曲芸

 私の性質がおとなしいということが、みんなに知れわたり、皇帝も宮廷も軍隊も国民も、みんなが、私を信用してくれるようになりました。で、私は近いうちに自由の身にしてもらえるのだろう、と思うようになりました。私はできるだけ、みんなから良く思われるように努めました。
 人々はもう私を見でも、だん/\怖がらなくなりました。私は寝ころんだまゝ、手の上で五六人の人間を踊らせたりしました。ときには、子供たちがやって来て、私の髪の毛の間で、かくれんぼうをして遊ぶこともあります。もう私は彼等の言葉を聞いたり、話したりすることに馴れていました。
 ある日、皇帝は、この国の見世物をやって見せて、私を喜ばしてくれました。それは実際、素晴しい見世物でした。なかでも面白かったのは、綱渡りです。これは地面から二フィート十二インチばかりに、細い白糸を張って、その上でやります。
 この曲芸は、宮廷の高い地位につきたいと望んでいる人たちが、出て演じるのでした。選手たちは子供のときから、この芸を仕込まれるのです。仮に、宮廷の高官が死んで、その椅子が一つ空いたとします。すると、五六人の候補者が、綱渡りをして皇帝に御覧にいれます。中で一番高く跳び上って落ちない者が、その空いた椅子に腰かけさせてもらえるのです。
 ときには大臣たちが、この曲芸をして、こんなに高く跳べますよと、皇帝に御覧にいれることもあります。大蔵大臣のフリムナップなど、実にあざやかで、高く跳び上ります。私は彼が細い糸の上に皿を置いて、その上でとんぼ[#「とんぼ」に傍点]返りをするところを見ました。
 だが、この曲芸ではとき/″\、死人や怪我人を出すことがあります。私も選手が手足をくじいたのを二三回見ました。中でも、一番あぶないのは、大臣たちの曲芸です。それはお互に仲間の者に負けまいとして、あんまり気張ってやるので、よく綱から落っこちます。大蔵大臣のフリムナップでさえ、一度なんか、も少しで頭の骨を折るところでしたが、下に国王のクッションがあったので、助かったということです。
 それから、もう一つ、ほかの見世物があります。これは皇帝と皇后と総理大臣の前だけで、やらされる特別の余興なのです。皇帝はテーブルの上に、長さ六インチの細い絹糸を三本置きます。一つは青、一つは赤、もう一つは緑の糸です。皇帝は、特に取り立てゝ目をかけてやろうとする人たちに、この賞品をやるのです。
 まず宮廷の大広間で、候補者たちは、皇帝からいろんな試験をされます。皇帝が手に一本の棒を構えていると、候補者たちが一人ずつ進んで来ます。棒の指図にしたがって、人々は、その上を跳び越えたり、潜ったり、前へ行ったり後へ行ったり、そんなことを何度も繰り返すのです。
 この芸を一番うまく熱心にやった者に、優等賞として、青色の糸が授けられます。二等賞は赤糸で、緑が三等賞です。もらった糸は、みんな腰のまわりに巻いて飾ります。ですから、宮廷の大官は大がい、この帯をしています。
 軍隊の馬も皇室の馬も、毎日、私の前を引きまわされたので、もう私を怖がらなくなり、平気で私の足許までやって来るようになりました。私が地面に手を差し出すと、乗手
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