作る、当時《たうじ》既《すで》に素人芸《しろうとげい》でないと云《い》ふ評判《ひやうばん》の腕利《うできゝ》で、新躰詩《しんたいし》は殊《こと》に其力《そのちから》を極《きは》めて研究《けんきふ》する所で、百枚《ひやくまい》ほどの叙事詩《じよじし》をも其頃《そのころ》早く作つて、二三の劇詩《げきし》などさへ有りました、依様《やはり》我々《われ/\》と同級《どうきふ》でありましたが、後《のち》に商業学校《せうげふがくかう》に転《てん》じて、中途《ちうと》から全然《すつかり》筆《ふで》を投《たう》じて、今《いま》では高田商会《たかだせうくわい》に出て居《を》りますが、硯友社《けんいうしや》の為《ため》には惜《をし》い人を殺《ころ》して了《しま》つたのです、尤《もつと》も本人の御為《おため》には其方《そのはう》が結搆《けつかう》であつたのでせう、
それで、右の写本《しやほん》を一名《いちめい》に付《つき》三日間《みつかかん》留置《とめおき》の掟《おきて》で社員へ廻《まわ》したのです、すると、見た者は鉛筆《えんぴつ》や朱書《しゆがき》で欄外《らんぐわい》に評《ひやう》などを入れる、其評《そのひやう》を又《また》反駁《はんばく》する者が有るなどで、なか/\面白《おもしろ》かつたのであります、此《こ》の第壱号[#「第壱号」に丸傍点]を出したのが明治十八年の五月二日[#「明治十八年の五月二日」に丸傍点]です、毎月《まいげつ》壱回《いつくわい》の発行《はつかう》で九号《くがう》まで続きました、すると、社員は続々《ぞく/″\》殖《ふ》ゑる、川上《かはかみ》は同級《どうきふ》に居《を》りましたので、此際《このさい》入社したのです、此《この》人は本郷《ほんごう》春木町《はるきちやう》に居《ゐ》て、石橋《いしばし》とは進文学舎《しんぶんがくしや》の同窓《どうそう》で、予備門《よびもん》にも同時《どうじ》に入学したのでありましたが、同好《どうこう》の士《ひと》であることは知らなかつたと見えて、是《これ》まで勧誘《くわんいう》もしなかつたのでありました、眉山人《びさんじん》と云《い》ふのは遥《はる》か後《のち》に改《あらた》めた名で、其頃《そのころ》は煙波散人《えんばさんじん》と云《い》つて居《ゐ》ました、
此《こ》の写本《しやほん》の挿絵《さしゑ》を担当《たんたう》した画家《ぐわか》は二人《ふたり》で、一人《ひとり》は積翠《せきすゐ》(工学士《こうがくし》大沢三之介《おほさはさんのすけ》君《くん》)一人《ひとり》は緑芽《りよくが》(法学士《はうがくし》松岡鉦吉《まつをかしやうきち》君《くん》)積翠《せきすゐ》は鉛筆画《えんぴつぐわ》が得意《とくい》で、水彩風《すゐさいふう》のも画《か》き、器用《きよう》で日本画《にほんぐわ》も遣《や》つた、緑芽《りよくが》は容斎風《ようさいふう》を善《よ》く画《か》いたが、素人画《しろうとゑ》では無いのでありました、
さて我楽多文庫《がらくたぶんこ》の名が漸《やうや》く書生間《しよせいかん》に知れ渡《わた》つて来たので、四方《しはう》から入会を申込《まをしこ》む、社運隆盛[#「社運隆盛」に丸傍点]といふ語《ことば》を石橋《いしばし》が口癖《くちぐせ》のやうに言つて喜《よろこ》んで居《ゐ》たのは此頃《このころ》でした、一冊《いつさつ》の本を三四十人して見るのでは一人《ひとり》一日《いちにち》としても一月余《ひとつきよ》かゝるので、これでは奈何《どう》もならぬと云《い》ふので、機《き》も熟《じゆく》したのであるから、印行《いんかう》して頒布《はんぷ》する事に為《し》たいと云《い》ふ説《せつ》が我々《われ/\》三名《さんめい》の間《あひだ》に起《おこ》つた、因《そこ》で、今迄《いまゝで》は毎月《まいげつ》三銭《さんせん》かの会費《くわいひ》であつたのが、俄《にはか》に十|銭《せん》と引上《ひきあ》げて、四六|版《ばん》三十二|頁《ページ》許《ばかり》の雑誌《ざつし》を拵《こしら》へる計画《けいくわく》で、猶《なほ》広《ひろ》く社員を募集《ぼしう》したところ、稍《やゝ》百|名《めい》許《ばかり》を得《え》たのでした、此《この》時などは実に日夜《にちや》眠《ねむ》らぬほどの経営《けいえい》で、又《また》石橋《いしばし》の奔走《ほんそう》は目覚《めざま》しいものでした、出版の事は一切《いつさい》山田《やまだ》が担任《たんにん》で、神田《かんだ》今川小路《いまがはかうぢ》の金玉出版会社《きんぎよくしゆつぱんくわいしや》と云《い》ふのに掛合《かけあ》ひました、是《これ》は山田《やまだ》が前年《ぜんねん》既《すで》に一二の新躰詩集《しんたいししう》を公《おほやけ》にして、同会社《どうくわいしや》を識《し》つて居《ゐ》る縁《えん》から此《
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