い》ふのを出した、是《これ》が九号の難関《なんくわん》を踰《こ》へたかと思へば、憐《あはれ》むべし、其《そ》の歳《とし》の暮《くれ》十二号にして、又《また》没落《ぼつらく》、之《これ》が為《ため》に無けなしの懐裏《ふところ》を百七十円ほど傷《いた》めて、吽《うん》と参つた、仮《かり》に小文学《せうぶんがく》をも硯友社《けんいうしや》の機関《きくわん》に数《かぞ》へると、其《それ》が第七期、是《これ》が第八期で、未《ま》だ第九期なる者が有る、
余《あま》り人は知らぬが、千紫万紅《せんしばんこう》と云《い》つて、会員組織《くわいゝんそしき》にして出した者で、硯友社《けんいうしや》の機関《きくわん》と云《い》ふのではなく、青年作家《せいねんさくか》の為《ため》であつたから、社名も別に盛春社《せいしゆんしや》として、私《わたし》の楽半分《たのしみはんぶん》に発行した、是《これ》は廿《にぢう》四年の六月が初刊《しよかん》であつたが、例の九号にも及《およ》ばずして又《また》罷《や》めて了《しま》つたのです、小栗風葉《をぐりふうえふ》は此《こ》の会員の中《うち》から出たので、宅《たく》に来たのは泉鏡花《いづみきやうくわ》が先《さき》ですが、私《わたし》が文章を扱《あつか》つたのは風葉《ふうえふ》(其頃《そのころ》拈華坊《ねんげぼう》)の方が早い、
廿《にぢう》四年中に雑誌編輯《ざつしへんしう》の手を洗つてから、茲《こゝ》に年《とし》を経《ふ》ること九年になります、処《ところ》が此《こ》の九の字が又《また》不思議《ふしぎ》で、実は来春《らいしゆん》にも成《な》つたら、又々《また/\》手勢《てぜい》を率《ひきゐ》て雑誌界《ざつしかい》に打つて出やうと云《い》ふ計画も有るのです、第九期まで有つて十期の無いのは甚《はなは》だ勘定《かんじやう》が悪いから、是非《ぜひ》第十期を造《つく》りたいと云《い》ふ考《かんがへ》も有るので、
段々《だん/\》追想《つひさう》して見ると、此《こ》の九年間の硯友社《けんいうしや》及《およ》び其《そ》の社中《しやちう》の変遷《へんせん》は夥《おびたゞ》しいもので、書く可《べ》き事も沢山《たくさん》有れば書かれぬ事も沢山《たくさん》ある、なか/\面白《おもしろ》い事も有れば、面白《おもしろ》くない事も有る、成効《せいかう》あり、失敗《しつぱい》あり、喜怒《きど
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