《いひにく》い事ばかりだから、口へは出さないけれど、唯一言《たつたひとこと》いひたいのは、私は貴方《あなた》の事は忘れはしないわ――私は生涯忘れはしないわ」
「聞きたくない! 忘れんくらゐなら何故見棄てた」
「だから、私は決して見棄てはしないわ」
「何、見棄てない? 見棄てないものが嫁に帰《ゆ》くかい、馬鹿な! 二人の夫が有てるかい」
「だから、私は考へてゐる事があるのだから、も少《すこ》し辛抱してそれを――私の心を見て下さいな。きつと貴方の事を忘れない証拠を私は見せるわ」
「ええ、狼狽《うろた》へてくだらんことを言ふな。食ふに窮《こま》つて身を売らなければならんのぢやなし、何を苦んで嫁に帰《ゆ》くのだ。内には七千円も財産が在つて、お前は其処《そこ》の一人娘ぢやないか、さうして婿まで極《きま》つてゐるのぢやないか。その婿も四五年の後には学士になると、末の見込も着いてゐるのだ。しかもお前はその婿を生涯忘れないほどに思つてゐると云ふぢやないか。それに何の不足が有つて、無理にも嫁に帰《ゆ》かなければならんのだ。天下にこれくらゐ理《わけ》の解らん話が有らうか。どう考へても、嫁に帰《ゆ》くべき必
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