申候ものは、十年が間に唯の一度も起り申さず、却《かへ》つて憎き仇《あだ》のやうなる思も致し、其傍《そのそば》に居り候も口惜《くちをし》く、倩《つくづ》く疎《うと》み果て候へば、三四年|前《ぜん》よりは別居も同じ有様に暮し居候始末にて、私事一旦の身の涜《けがれ》も漸《やうや》く今は浄《きよ》く相成、益《ますます》堅く心の操《みさを》を守り居りまゐらせ候。先頃荒尾様より御譴《おんしかり》も受け、さやうな心得は、始には御前様に不実の上、今又唯継に不貞なりと仰せられ候へども、其の始の不実を唯今思知り候ほどの愚《おろか》なる私が、何とて後の不貞やら何やら弁《わきま》へ申すべきや。愚なる者なればこそ人にも勾引《かどはか》され候て、帰りたき空さへ見えぬ海山の果に泣倒れ居り候を、誰一箇《たれひとり》も愍《あはれ》みて救はんとは思召し被下候《くだされさふら》はずや。御前様にも其の愚なる者を何とも思召《おぼしめ》し被下候《くだされさふら》はずや。愚なる者の致せし過《あやまち》も、並々の人の過も、罪は同きものに御座候や、重きものに御座候や。
愚なる者の癖に人がましき事申上候やうにて、誠に御恥《おんはづかし
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