せるを伺ひ知りし貫一は、例の益《ますま》す人目を避《さく》るならんよと念《おも》へり。
 還り来《き》て多時《しばらく》酒など酌交《くみかは》す様子なりしが、高声一つ立つるにもあらで、唯障子を照す燈《ともし》のみいと瞭《さやか》に、内の寂しさは露をも置きけんやうにて、さてはかの吹絶えぬ松風に、彼等は竟《つひ》に酔《ゑひ》を成さざるならんと覚ゆばかりなりき。
 為《な》す事もあらねば、貫一は疾《と》く臥内《ふしど》に入りけるが、僅《わづか》に※[#「※」は「目+毛」、433−8]《まどろ》むと為れば直《ぢき》に、寤《さ》めて、そのままに睡《ねむり》は失《うす》るとともに、様々の事思ひゐたり。
 夜の静なるを動かして、かの男女《なんによ》の細語《ひそめき》は洩《も》れ来《き》ぬ。甚《はなは》だ幺微《かすか》なれば聞知るべくもあらねど、※[#「※」は「女+尾」、433−11]々《びび》として絶えず枕に打響きては、なかなか大いなる声にも増して耳煩《みみわづら》はしかり。
 さなきだに寝難《いねがた》かりし貫一は、益す気の澄み、心の冱《さ》え行くに任せて、又|徒《いたづら》にとやかくと、彼等の身
前へ 次へ
全708ページ中633ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング