時計を見遣りて、
「貴方、もうお帰りに成つたが可いでせう、余り晩《おそ》くなるですから。ええ?」
「憚《はばか》り様で御座います」
「いや、御注意を申すのです」
「その御注意が憚り様で御座いますと申上げるので」
「ああ、さうですか」
「今朝のあの方なら、そんな御注意なんぞは遊ばさんで御座いませう。如何《いかが》ですか」
憎さげに言放ちて、彼は吾矢の立つを看《み》んとやうに、姑《しばら》く男の顔色を候《うかが》ひしが、
「一体あれは何者なので御座います!」
犬にも非ず、猫にも非ず、汝《なんぢ》に似たる者よと思ひけれど、言争《いひあらそ》はんは愚なりと勘弁して、彼は才《わづか》に不快の色を作《な》せしのみ。満枝は益す独り憤《じ》れて、
「旧《ふる》いお馴染《なじみ》ださうで御座いますが、あの恰好《かつこう》は、商売人ではなし、万更の素人《しろうと》でもないやうな、貴方も余程《よつぽど》不思議な物をお好み遊ばすでは御座いませんか。然し、間さん、あれは主有《ぬしあ》る花で御座いませう」
妄《みだり》に言へるならんと念《おも》へど、如何《いか》にせん貫一が胸は陰《ひそか》に轟《とどろ》ける
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