う》の業《ごう》は曝《さら》さざるに、天か、命《めい》か、或《ある》は応報か、然《しか》れども独《ひと》り吾が直行をもて世間に善を作《な》さざる者と為《な》すなかれ。人情は暗中に刃《やいば》を揮《ふる》ひ、世路《せいろ》は到る処に陥穽《かんせい》を設け、陰に陽に悪を行ひ、不善を作《な》さざるはなし。若《も》し吾が直行の行ふところをもて咎《とが》むべしと為さば、誰か有りて咎《とが》められざらん、しかも猶《なほ》甚《はなはだし》きを為して天も憎まず、命も薄《うす》んぜず、応報もこれを避《さく》るもの有るを見るにあらずや。彼等の惨死《さんし》を辱《はづかし》むるなかれ、適《たまた》ま奇禍を免れ得ざりしのみ。
かく念《おも》へる貫一は生前《しようぜん》の誼深《よしみふか》かりし夫婦の死を歎きて、この永き別《わかれ》を遣方《やるかた》も無く悲み惜むなりき。さて何時《いつ》までかここに在らんと、主の遺骨を出《いだ》せし辺《あたり》を拝し、又妻の屍《かばね》の横《よこた》はりし処を拝して、心佗《こころわびし》く立去らんとしたりしに、彼は怪くも遽《にはか》に胸の内の掻乱《かきみだ》るる心地するととも
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