。その立てる二三歩の前は直行が遺骨を発《おこ》せし所なり。恨むと見ゆる死顔の月は、肉の片《きれ》の棄てられたるやうに朱《あか》く敷《し》ける満地の瓦を照して、目に入《い》るものは皆伏し、四望の空く寥々《りようりよう》たるに、黒く点せる人の影を、彼は自《おのづか》ら物凄《ものすご》く顧らるるなりき。
 立尽せる貫一が胸には、在りし家居の状《さま》の明かに映じて、赭《あか》く光れるお峯が顔も、苦《にが》き口付せる主《あるじ》が面《おもて》も眼に浮びて、歴々《まざまざ》と相対《さしむか》へる心地もするに、姑《しばら》くはその境に己《おのれ》を忘れたりしが、やがて徐《しづか》に仰ぎ、徐に俯《ふ》して、さて徐に一歩を行きては一歩を返しつつ、いとど思に沈みては、折々涙をも推拭《おしぬぐ》ひつ。彼は転《うた》た人生の凄涼《せいりよう》を感じて禁ずる能《あた》はざりき。苟《いやし》くもその親める者の半にして離れ乖《そむ》かざるはあらず。見よ或はかの棄てられし恨を遺《のこ》し、或はこの奪はれし悲《かなしみ》に遭《あ》ひ、前の恨の消えざるに又新なる悲を添ふ。棄つる者は去り、棄てざる者は逝《ゆ》き、※[#「
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