候《うかが》ひゐたり。抜足差足《ぬきあしさしあし》忍び来《きた》れる妻は、後より小声に呼びて、
「貴方、どうしました」
 夫は戸の外を指《ゆびさ》してなほ去らざるを示せり。お峯は土間に護謨靴《ゴムぐつ》と油紙との遺散《おちち》れるを見付けて、由無《よしな》き質を取りけるよと思《おも》ひ煩《わづら》へる折しも、
「頼みます、はい、頼みますよ」
 と例の声は聞えぬ。お峯は胴顫《どうぶるひ》して、長くここに留《とどま》るに堪へず、夫を勧めて奥に入《い》りにけり。
 戸叩く音は後《のち》も撓《たゆ》まず響きたりしが、直行の裏口より出でて窺《うかが》ひける時は、風|吹荒《ふきすさ》ぶ門《かど》の梅の飛雪《ひせつ》の如く乱点して、燈火の微《ほのか》に照す処その影は見えざるなりき。
 次の日も例刻になれば狂女は又|訪《と》ひ来れり。主《あるじ》は不在なりとて、婢《をんな》をして彼の遺《のこ》せし二品《ふたしな》を返さしめけるに、前夜の暴《あ》れに暴れし気色《けしき》はなくて、殊勝に聞分けて帰り行きぬ。
 お峯はその翌日も必ず来《きた》るべきを懼《おそ》れて夫の在宅を請ひけるが、果して来にけり。又試に
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