る境遇は、決して厄介者として陰《ひそか》に疎《うと》まるる如き憂目《うきめ》に遭《あ》ふにはあらざりき。憖《なまじ》ひ継子《ままこ》などに生れたらんよりは、かくて在りなんこそ幾許《いかばかり》か幸《さいはひ》は多からんよ、と知る人は噂《うはさ》し合へり。隆三夫婦は実《げ》に彼を恩人の忘形見として疎《おろそか》ならず取扱ひけるなり。さばかり彼の愛せらるるを見て、彼等は貫一をば娘の婿にせむとすならんと想へる者もありしかど、当時彼等は構へてさる心ありしにはあらざりけるも、彼の篤学なるを見るに及びて、漸《やうや》くその心は出《い》で来《き》て、彼の高等中学校に入《い》りし時、彼等の了簡は始めて定りぬ。
貫一は篤学のみならず、性質も直《すぐ》に、行《おこなひ》も正《ただし》かりければ、この人物を以つて学士の冠を戴《いただ》かんには、誠に獲易《えやす》からざる婿なるべし、と夫婦は私《ひそか》に喜びたり。この身代《しんだい》を譲られたりとて、他姓《たせい》を冒《をか》して得謂《えい》はれぬ屈辱を忍ばんは、彼の屑《いさぎよ》しと為ざるところなれども、美き宮を妻に為るを得ば、この身代も屈辱も何か有らん
前へ
次へ
全708ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング