には私が一人子《ひとりつこ》、その私は一銭たりとも貴方の財は譲られません! 欲くないのです。さうすれば、貴方は今日《こんにち》無用の財を貯《たくは》へる為に、人の怨を受けたり、世に誚《そし》られたり、さうして現在の親子が讐《かたき》のやうになつて、貴方にしてもこんな家業を決して名誉と思つて楽んで為《なす》つてゐるのではないでせう。
私のやうなものでも可愛《かはい》いと思つて下さるなら、財産を遺《のこ》して下さる代《かはり》に私の意見を聴いて下さい。意見とは言ひません、私の願です。一生の願ですからどうぞ聴いて下さい」
父が前に頭《かしら》を低《た》れて、輙《たやす》く抗《あ》げぬ彼の面《おもて》は熱き涙に蔽《おほは》るるなりき。
些《さ》も動ずる色無き直行は却《かへ》つて微笑を帯びて、語《ことば》をさへ和《やはら》げつ。
「俺の身を思うてそんなに言うてくれるのは嬉《うれし》いけど、お前のはそれは杞憂《きゆう》と謂ふんじや。俺と違うてお前は神経家ぢやからそんなに思ふんぢやけど、世間と謂ふものはの、お前の考へとるやうなものではない。学問の好きな頭脳《あたま》で実業を遣る者の仕事を責むる
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