は鬮《くじ》だから為方《しかた》が無いわ」
「鬮だけれど、組に成つて可厭さうな様子も見えなかつたもの」
「そんな無理な事を言つて!」
「三百円の金剛石ぢや到底僕等の及ぶところにあらずだ」
「知らない!」
 宮はシォールを揺上《ゆりあ》げて鼻の半《なかば》まで掩隠《おほひかく》しつ。
「ああ寒い!」
 男は肩を峙《そばだ》てて直《ひた》と彼に寄添へり。宮は猶《なほ》黙して歩めり。
「ああ寒い!!」
 宮はなほ答へず。
「ああ寒い!!!」
 彼はこの時始めて男の方《かた》を見向きて、
「どうしたの」
「ああ寒い」
「あら可厭ね、どうしたの」
「寒くて耐《たま》らんからその中へ一処《いつしよ》に入れ給へ」
「どの中へ」
「シォールの中へ」
「可笑《をかし》い、可厭だわ」
 男は逸早《いちはや》く彼の押へしシォールの片端《かたはし》を奪ひて、その中《うち》に身を容《い》れたり。宮《みや》は歩み得ぬまでに笑ひて、
「あら貫一《かんいつ》さん。これぢや切なくて歩けやしない。ああ、前面《むかふ》から人が来てよ」
 かかる戯《たはむれ》を作《な》して憚《はばか》らず、女も為すままに信《まか》せて咎《と
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