昔の顔で一つ談判せうぢやないか。我々が口を利くのだ、奴もさう阿漕《あこぎ》なことは言ひもすまい。次手《ついで》に何とか話を着けて、元金《もときん》だけか何かに負けさして遣らうよ。那奴《あいつ》なら恐れることは無い」
 彼の起ちて帯締直すを蒲田は見て、
「まるで喧嘩《けんか》に行くやうだ」
「そんな事を言はずに自分も些《ちつ》と気凛《きりつ》とするが可い、帯の下へ時計の垂下《ぶらさが》つてゐるなどは威厳を損じるぢやないか」
「うむ、成程」と蒲田も立上りて帯を解けば、主《あるじ》の妻は傍《かたはら》より、
「お羽織をお取りなさいましな」
「これは憚様《はばかりさま》です。些《ちよつ》と身支度に婦人の心添《こころぞへ》を受けるところは堀部安兵衛《ほりべやすべえ》といふ役だ。然し芝居でも、人数《にんず》が多くて、支度をする方は大概取つて投げられるやうだから、お互に気を着ける事だよ」
「馬鹿な! 間《はざま》如きに」
「急に強くなつたから可笑《をかし》い。さあ。用意は好《い》いよ」
「此方《こつち》も可《い》い」
 二人は膝を正して屹《き》と差向へり。
妻「お茶を一つ差上げませう」
蒲「どうして
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