姿は忽《たちま》ち彼の目に入りぬ。一人は畔柳の娘なりとは疾《と》く知られけれど、顔打背《かほうちそむ》けたる貴婦人の眩《まばゆ》く着飾りたるは、子爵家の客なるべしと纔《わづか》に察せらるるのみ。互に歩み寄りて一間ばかりに近《ちかづ》けば、貫一は静緒に向ひて慇懃《いんぎん》に礼するを、宮は傍《かたはら》に能《あた》ふ限は身を窄《すぼ》めて密《ひそか》に流盻《ながしめ》を凝したり。その面《おもて》の色は惨として夕顔の花に宵月の映《うつろ》へる如く、その冷《ひややか》なるべきもほとほと、相似たりと見えぬ。脚《あし》は打顫《うちふる》ひ打顫ひ、胸は今にも裂けぬべく轟《とどろ》くを、覚《さと》られじとすれば猶《なほ》打顫ひ猶轟きて、貫一が面影の目に沁《し》むばかり見ゆる外は、生きたりとも死にたりとも自ら分かぬ心地してき。貫一は帽を打着て行過ぎんとする際《きは》に、ふと目鞘《めざや》の走りて、館の賓《まらうど》なる貴婦人を一|瞥《べつ》せり。端無《はしな》くも相互《たがひ》の面《おもて》は合へり。宮なるよ! 姦婦《かんぷ》なるよ! 銅臭の肉蒲団《にくぶとん》なるよ! とかつは驚き、かつは憤り、はた
前へ
次へ
全708ページ中195ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング