身を抛《なげう》ちてベットに伏したり。
厚き蓐《しとね》の積れる雪と真白き上に、乱畳《みだれたた》める幾重《いくへ》の衣《きぬ》の彩《いろどり》を争ひつつ、妖《あで》なる姿を意《こころ》も介《お》かず横《よこた》はれるを、窓の日の帷《カアテン》を透《とほ》して隠々《ほのぼの》照したる、実《げ》に匂《にほひ》も零《こぼ》るるやうにして彼は浪《なみ》に漂ひし人の今|打揚《うちあ》げられたるも現《うつつ》ならず、ほとほと力竭《ちからつ》きて絶入《たえい》らんとするが如く、止《た》だ手枕《てまくら》に横顔を支へて、力無き眼《まなこ》を※[#「※」は「目+登」、312−5]《みは》れり。竟《つひ》には溜息《ためいき》※[#「※」は「口+句」、312−5]《つ》きてその目を閉づれば、片寝に倦《う》める面《おもて》を内向《うちむ》けて、裾《すそ》の寒さを佗《わび》しげに身動《みうごき》したりしが、猶《なほ》も底止無《そこひな》き思の淵《ふち》は彼を沈めて※[#「※」は「しんにょう+官」、312−6]《のが》さざるなり。
隅棚《すみだな》の枕時計は突《はた》と秒刻《チクタク》を忘れぬ。益《ますま》す静に、益す明かなる閨《ねや》の内には、空《むな》しとも空《むなし》き時の移るともなく移るのみなりしが、忽《たちま》ち差入る鳥影の軒端《のきば》に近く、俯《ふ》したる宮が肩頭《かたさき》に打連《うちつらな》りて飜《ひらめ》きつ。
やや有りて彼は嬾《しどな》くベットの上に起直りけるが、鬢《びん》の縺《ほつ》れし頭《かしら》を傾《かたぶ》けて、帷《カアテン》の隙《ひま》より僅《わづか》に眺めらるる庭の面《おも》に見るとしもなき目を遣りて、当所無《あてどな》く心の彷徨《さまよ》ふ蹤《あと》を追ふなりき。
久からずして彼はここをも出でて又居間に還れば、直《ぢき》に箪笥《たんす》の中より友禅縮緬《ゆうぜんちりめん》の帯揚《おびあげ》を取出《とりいだ》し、心に籠《こ》めたりし一通の文《ふみ》とも見ゆるものを抜きて、こたびは主《あるじ》の書斎に持ち行きて机に向へり。その巻紙は貫一が遺《のこ》せし筆の跡などにはあらで、いつかは宮の彼に送らんとて、別れし後の思の丈《たけ》を窃《ひそか》に書聯《かきつら》ねたるものなりかし。
往年《さいつとし》宮は田鶴見《たずみ》の邸内に彼を見しより、いとど忍びかねたる胸の内の訴へん方《かた》もあらぬ切なさに、唯心寛《ただこころゆかし》の仮初《かりそめ》に援《と》りける筆ながら、なかなか口には打出《うちいだ》し難き事を最好《いとよ》く書きて陳《つづ》けも為《せ》しを、あはれかのひとの許《もと》に送りて、思ひ知りたる今の悲しさを告げばやと、一図の意《こころ》をも定めしが、又案ずれば、その文は果して貫一の手に触れ、目にも入るべきか。よしさればとて、憎み怨《うら》める怒《いかり》の余に投返されて、人目に曝《さら》さるる事などあらば、徒《いたづら》に身を滅《ほろぼ》す疵《きず》を求めて終りなんをと、遣れば火に入る虫の危《あやふ》く、捨つるは惜くも、やがて好き首尾の有らんやうに拠無《よりどころな》き頼を繋《か》けつつ、彼は懊悩《おうのう》に堪へざる毎に取出でては写し易《か》ふる傍《かたは》ら、或《ある》は書添へ、或は改めなどして、この文に向へば自《おのづか》らその人に向ふが如く、その人に向ひてはほとほと言尽《いひつく》して心残《こころのこり》のあらざる如く、止《ただ》これに因《よ》りて欲するままの夢をも結ぶに似たる快きを覚ゆるなりき。かくして得送らぬ文は写せしも灰となり、反古《ほご》となりて、彼の帯揚に籠《こ》められては、いつまで草の可哀《あはれ》や用らるる果も知らず、宮が手習は実《げ》に久《ひさし》うなりぬ。
些箇《かごと》に慰められて過せる身の荒尾に邂逅《めぐりあ》ひし嬉しさは、何に似たりと謂《い》はんも愚《おろか》にて、この人をこそ仲立ちて、積る思を遂《と》げんと頼みしを、仇《あだ》の如く与《くみ》せられざりし悲しさに、さらでも切なき宮が胸は掻乱《かきみだ》れて、今は漸《やうや》く危きを懼《おそ》れざる覚悟も出《い》で来て、いつまで草のいつまでかくてあらんや、文は送らんと、この日頃思ひ立ちてけり。
紙の良きを択《えら》び、筆の良きを択び、墨の良きを択び、彼は意《こころ》してその字の良きを殊《こと》に択びて、今日の今ぞ始めて仮初《かりそめ》ならず写さんと為《す》なる。打顫《うちふる》ふ手に十行|余《あまり》認《したた》めしを、つと裂きて火鉢に差※[#「※」は「くさかんむり+熱」、313−16]《さしく》べければ、焔《ほのほ》の急に炎々と騰《のぼ》るを、可踈《うとま》しと眺めたる折しも、紙門《ふすま》を啓《あ》けてその光に惧《おび
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