りるのだ。借りて返さんと言ひは為《す》まいし、名誉に於て傷《きずつ》くところは少しも無い」
「恐入りました、高利《アイス》を借りやうと云ふ紳士の心掛は又別の物ですな」
「で、仮に一歩を譲るさ、譲つて、高利《アイス》を借りるなどは、紳士たるもののいとも慚《は》づべき行《おこなひ》と為るよ。さほど慚づべきならば始から借りんが可いぢやないか。既に借りた以上は仕方が無い、未《いま》だ借りざる先の慚づべき心を以つてこれに対せんとするも能《あた》はざるなりだらう。宋《そう》の時代であつたかね、何か乱が興《おこ》つた。すると上奏に及んだものがある、これは師《いくさ》を動かさるるまでもない、一人《いちにん》の将を河上《かじよう》へ遣《つかは》して、賊の方《かた》に向つて孝経《こうきよう》を読せられた事ならば、賊は自《おのづ》から消滅せん、は好いぢやないか。これを笑ふけれど、遊佐の如きは真面目《まじめ》で孝経を読んでゐるのだよ、既に借りてさ、天引四割《てんびきしわり》と吃《く》つて一月|隔《おき》に血を吮《すは》れる。そんな無法な目に遭《あ》ひながら、未《いま》だ借りざる先の紳士たる徳義や、良心を持つてゐて耐るものか。孝経が解るくらゐなら高利《アイス》は貸しません、彼等は銭勘定の出来る毛族《けだもの》さ」
 得意の快弁流るる如く、彼は息をも継《つが》せず説来《とききた》りぬ。
「濡《ぬ》れぬ内こそ露をもだ。遊佐も借りんのなら可いさ、既に借りて、無法な目に遭ひながら、なほ未《いま》だ借りざる先の良心を持つてゐるのは大きな※[#「※」は「りっしんべん+(蜈−虫)」、149−12]《あやまり》だ。それは勿論《もちろん》借りた後といへども良心を持たなければならんけれど、借りざる先の良心と、借りたる後の良心とは、一物《いちぶつ》にして一物ならずだよ。武士の魂《たましひ》と商人《あきんど》根性とは元|是《これ》一物なのだ。それが境遇に応じて魂ともなれば根性ともなるのさ。で、商人根性といへども決して不義不徳を容《ゆる》さんことは、武士の魂と敢《あへ》て異るところは無い。武士にあつては武士魂なるものが、商人《あきんど》にあつては商人根性なのだもの。そこで、紳士も高利《アイス》などを借りん内は武士の魂よ、既に対高利《たいアイス》となつたら、商人根性にならんければ身が立たない。究竟《つまり》は敵に応ずる手段なのだ」
「それは固より御同感さ。けれども、紳士が高利《アイス》を借りて、栄と為るに足れりと謂《い》ふに至つては……」
 蒲田は恐縮せる状《さま》を作《な》して、
「それは少し白馬は馬に非《あら》ずだつたよ」
「時に、もう下へ行つて見て遣り給へ」
「どれ、一匕《いつぴ》深く探る蛟鰐《こうがく》の淵《えん》と出掛けやうか」
「空拳《くうけん》を奈《いか》んだらう」
 一笑して蒲田は二階を下りけり。風早は独《ひと》り臥《ね》つ起きつ安否の気遣《きづかは》れて苦き無聊《ぶりよう》に堪へざる折から、主《あるじ》の妻は漸《やうや》く茶を持ち来りぬ。
「どうも甚《はなは》だ失礼を致しました」
「蒲田は座敷へ参りましたか」
 彼はその美き顔を少く赧《あか》めて、
「はい、あの居間へお出《いで》で、紙門越《ふすまごし》に様子を聴いてゐらつしやいます。どうもこんなところを皆様のお目に掛けまして、実にお可恥《はづかし》くてなりません」
「なあに、他人ぢやなし、皆様子を知つてゐる者ばかりですから構ふ事はありません」
「私《わたくし》はもう彼奴《あいつ》が参りますと、惣毛竪《そうけだ》つて頭痛が致すのでございます。あんな強慾な事を致すものは全く人相が別でございます。それは可厭《いや》に陰気な※[#「※」は「韋+(仞−イ)」、151−1]々《ねちねち》した、底意地の悪さうな、本当に探偵小説にでも在りさうな奴でございますよ」
 急足《いそぎあし》に階子《はしご》を鳴して昇り来りし蒲田は、
「おいおい風早、不思議、不思議」
 と上端《あがりはな》に坐れる妻の背後《うしろ》を過《すぐ》るとて絶《したた》かその足を蹈付《ふんづ》けたり。
「これは失礼を。お痛うございましたらう。どうも失礼を」
 骨身に沁《し》みて痛かりけるを妻は赤くなりて推怺《おしこら》へつつ、さり気無く挨拶《あいさつ》せるを、風早は見かねたりけん、
「不相変《あひかはらず》麁相《そそつ》かしいね、蒲田は」
「どうぞ御免を。つい慌《あわ》てたものだから……」
「何をそんなに慌てるのさ」
「落付《おちつか》れる訳のものではないよ。下に来てゐる高利貸《アイス》と云ふのは、誰《たれ》だと思ふ」
「君のと同し奴かい」
「人様の居る前で君の[#「君の」に傍点]とは怪しからんぢやないか」
「これは失礼」
「僕は妻君の足を蹈んだのだが、君は僕
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